第56話 「だーれにゃん?」

 ゴールデンウィーク初日。

 見上げた空は一面の青空で、文字通り雲一つない晴天だった。


 天気予報では夏ってくらいに温度が上がるから熱中症に要注意とのことだったんで、水分補給には気をつけないとな。


 そんな暑い初夏の休日に、俺は春香とデートの約束をしていた。

 付き合い始めて初めてのカップルとしてのデートだ。


 今回も親にもらったタダ券を駆使して、2駅となりの室内レジャープールに遊びに行く予定だった。


 そんな絶好のデート日和を前に、俺のテンションはいい感じに上昇中だ。


 待ち合わせの10分前に駅前へと到着してみると、まだ春香は来ていなかった。


 よしよし、春香より先に着いたぞ。

 デートをエスコートする男性が女性を待たせるのは、やっぱ絶対に無しだよな。


 とまぁこんな風に、俺と春香はご近所さんにもかかわらず、わざわざ駅前で待ち合わせたのには理由があって――。



『ねぇねぇこーへい。せっかくだし、家の前じゃなくてどっかで待ち合わせしようよ。その方がデートっぽくない?』


 昨日の夜、電話で春香がそんなことを言ってきたからだ。


『言われてみれば確かにそっちの方が非日常感があるよな』


『じゃあ10時に駅前ね』

『おっけー』


『おやすみ、こーへい♪ 大好き、ちゅっ』

『おやすみ、春香。俺も大好きだぞ』


 みたいなね、やりとりをね、したんだよね。


 しちゃったんだよね。

 てへ、てへへへ。


 そして俺から遅れること5分――つまり待ち合わせ時間の5分前。

 最初に会ったら何を話そっかなと俺があれこれ考えていると、


「だーれにゃん?」

 俺はふいに背後から目隠しをされたのだった。


 やったのはもちろん春香だ。


 これ、しまむらでもされたけど、春香はこういうの好きなのかな?

 すごく可愛いよね、うん。

 とてもいいと思います。


「えっと、春香」

「えへへ、せいかーい」


 ちょっと甘えたような可愛い声で言いながら、春香は俺の目をおおっていた手を放すと、とてとてと俺の前へと回ってきた。


「おはよー、こーへい。待った?」

「ううん、今来たとこ」


「……」

「な、なんでそこで黙るんだ……? めっちゃ不安になるんだけど」


 今の短いやり取りで、俺なにかしちゃったのか?


「んー、なんて言うかベタな返しだなぁって思って」

「そうは言っても俺も今来たとこだからな……」


「つまり、デートのあいさつみたいなもの?」

「かもしれないな?」


「ちなみにベタな返しと言いはしたものの、まんざらではありませんでした。むしろベタなところがカップル感あって嬉しかったです、えへへっ」


「お、おう……」


 くっ、上目づかいではにかんだ春香が可愛すぎて困るんだけど。

 なんだよお前、マジ天使かよ?

 

「ねぇねぇ、どんな感じだった?」

「どんな感じって、なにが?」


「デートの待ち合わせで目隠しって恋愛漫画とかの定番でしょ? 実際に体験してみるとどうだったのかなって」


「んー、そうだな……」


 俺は少し記憶をさかのぼって、さっきのやりとりを思いだす。


「わくわく……わくわく……」

 春香が期待に目を輝かせていた。


「んー、2回目だったから特にこれってのは無かったかな」


「ううっ、こーへいのいじわる……ふーんだ……」


 俺のつれない感想を聞いて、春香が拗ねてしまった。


 でも、わざとらしくプイっとそっぽを向く姿がこれまたすごく可愛いんだよ。

 チラッと横目で俺の顔をうかがう仕草に、胸キュンしちゃうんだよ。


 くっ、今までと変わらない何気ないやり取りなのに、これが友だちからカップルになったってことなのか!?


 言葉とか仕草とか、春香を構成するなにもかも全てが、なんかもう可愛くて愛おしくて仕方ないんだけど。


 よし、ここはしっかりと俺の素直な気持ちを伝えないとな。

 か、彼氏として!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る