第55話 「へぅ……わたし、彼女……こーへいの彼女……」

「わたしは、わたしを探しに来てくれたこーへいが好き……。わたしに優しいこーへいが好き……。必死に言い訳する可愛いこーへいが好き……。わたしを好きって言ってくれるこーへいが、わたしは好き……大好き……」


 その言葉とともに、今までイヤイヤして逃げ出そうとしていた春香が俺をぎゅっと抱き返してきた。


 そしてギュッギュッと俺の胸に頭をうずめるように、甘えるようにおでこを押し付けてくるんだ。


「好きなの……わたし、こーへいが好き……大好きなの……だから、だから……わたしのことを見て……ずっとわたしだけを見て……」


 春香がかすれるような小さな声でつぶやいた。

 そんな春香に、


「ああ、ずっと見るよ。約束する。俺は春香の隣で、ずっと春香のことだけを見るって約束する」


 安心させるように頭を撫でながら俺も言葉を紡いでいく。


「千夏よりも?」


「もちろんだ。俺は春香と一緒がいいんだ。ううん、春香と一緒じゃなきゃ嫌なんだ」


「わたしのこと、好き?」


「大好きだよ。当たり前だろ?」


「じゃあ結婚してくれる?」


「うーん……さすがにかなり先のことなんで約束はできないけど、春香と結婚できたらいいなとは思ってる」


「……えへ……こーへい……好き」

 俺の腕の中で春香が見上げるようにして言った。


 その瞳はまだ涙で潤んでいたけれど、そこには確かに笑顔があった。


「俺もだよ。春香のことが大好きだ」


「うん……」


 春香がそっと目を閉じた。

 何をすればいいか、さすがの俺でも分かる。


 俺は少し屈んで春香の目線に合わせると、そっと顔を寄せていった。


 チュッと、唇が触れあって。


「えへへ、ちょっとしょっぱいね……ごめんね、涙の味で」

 春香が恥ずかしそうにはにかむ。


「いや、青春の味じゃないか?」

 俺はどや顔でそう切り返した。


 ふふん。

 なかなか上手く言ったんじゃないか?


「……」

 だけど春香は凍り付いたように黙ってしまった。

 なんとなく視線まで冷たい気がする……。


「いや、なんか言ってくれよ、切ないだろ……」


「ポエム? 若気の至り?」

「ひどい!?」


「あはは、こーへいにはそういうの全然似合わないし」

「へいへい。どうせ俺はパッとしない冴えない普通の男子高校生ですよ」


「そうそう、こーへいはそれでいいの。だってそんなこーへいが、わたし的にはカッコよくてイケてるんだもん。大好きな彼氏なんだもん!」


「お、おう……ありがとな……」

「どーしたのこーへい、もしかして照れてる? 顔赤いよ?」


「そりゃ照れるだろ? こんな可愛い春香が彼女になって、しかも大好きって言われたんだから」


「はぅっ!? 彼女っ!?」


 俺の言葉に、春香の顔が一瞬で真っ赤になった。


「な、照れるだろ? 彼女さん? うりうり」


「へぅ……わたし、彼女……こーへいの彼女……」

 目をあちこち泳がせながらそうつぶやいた春香は、今やもう耳や首まで真っ赤っ赤に染まっていた。


「そういうわけだからさ。これから彼女としてよろしくな、春香」


「……うん、こーへいも彼氏としてよろしくなんだからね?」


「ああ――」

「えへ――」


 なんかもう嬉し恥ずかしで、にゃーんはにゃーん!だった俺と春香は、あふれる想いに導かるように何度も何度もキスをかわした。


 唇が触れ合うたびに心が、言いようもない温もりで満たされていく。


 そしてそんな俺たちを、静かで小さな公園だけがそっと見守ってくれていたのだった――。



 ◆


 ちなみに。

 家に帰ると、玄関を入ってすぐのところに俺のカバンが立てかけてあった。


 千夏にお礼と、春香と付き合うことになったことを伝えると、


「そう、おめでと。彼女ができて良かったね」

 と、えらくそっけなく返された。


 納得してくれなかった時のために、いろいろ言葉を考えてたんだけどな。

 こんなあっさりと受け入れてくれるもんなんだな。


 俺が千夏にフラれた時は、この世の終わりみたいに思ったもんなんだけど。

 ……これが男女の違いなのかな?


「まぁいっか……」


 俺は深くは考えることをやめた。


 だって女の子のことを考えるなら、やっぱ春香のことだろ?


 春香はいま何してるかな?

 あとで電話してみよ(///ω///)♪


 俺は春香と恋人同士になって、超浮かれ気分でその日の夜を過ごしたのだった。

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