第60話 「自称!? 彼女って自称だったの!?」

 春香と付き合いだしたことで、人生で一番楽しく過ごせた夢のようなゴールデンウィークを終えて。


 休み明けの平日初日。


「あのさ……千夏」

「なに、航平?」


「俺、今から学校行くんだけどさ?」

「そうね、わたしもよ。ゴールデンウィークは昨日で終わりだものね」


 玄関で靴をはいていた俺は、千夏から一緒に学校に行こうと誘われていた。


「春香と待ち合わせしてるんだよ。それでその、言っただろ? 春香と付き合うことになったって。だからな?」


 ここまで言えば、察しのいい千夏なら全てを理解してくれることだろう。


 はっきり遠慮してほしいと言えないのは、幼馴染ゆえの甘さというか。


「じゃあ春香の家まで一緒に行きましょ。幼馴染なんだしそれくらいは構わないよね?」

「ま、まぁそれくらいなら……?」


 半ば押し切られるような形で、俺は千夏と一緒に春香の家に向かった。


 だがしかし。

 その選択が完全に間違っていたことを俺はすぐに知ることになる。


「こーへい、おっはー……ってなんで千夏がいるし」


 玄関前で俺を見た瞬間にすっごい笑顔になった春香が、横に入る千夏を見てほんの一瞬だけものすごく不機嫌な顔をしたからだ。


 春香はすぐにいつもの笑顔に戻ったけど、あの一瞬で俺は自分の失敗を悟りました……。


「おはよう春香。航平とはお隣さんだから朝学校に行く時に一緒になることもあるよ」


「まぁ別にいいけど……。じゃあこーへい、一緒に学校行こ♪」


 春香はそう言うと俺の腕をとって歩きはじめた。

 広瀬航平は自分のものだと千夏にアピールするかのように、ぎゅっと俺の腕を抱きしめるように抱えてくる。


 彼女とそうでない者の圧倒的な差を、春香は千夏に見せつけようとしていた。


 それですべてが決した――誰もがそう思ったはずだった。

 だけど千夏はそんなことくらいで引きさがりはしなかったのだ。


「そうね。せっかくここまで来たんだから、3人で一緒に行きましょうか」


 春香が抱いてる俺の腕とは反対の腕をぎゅっと抱きしめてきたんだよ――!?


「なんでよ!? こーへいはわたしと一緒に行くんだし! わたしがこーへいの彼女なんだし!」


 それを見て春香がムキー!って騒ぎ立てる。


 まぁそりゃそうだよな。

 もし春香が別の男と腕を組んでたりしたら、俺だって穏やかではいられないもの。


「千夏、春香の家までだって言っただろ? それにその、あれだ、春香は彼女なんだし」


 この女の子は自分の彼女なんだと他人に宣言するのって、メチャクチャ恥ずかしいんだけど……。


「目的地は同じなんだからいいじゃない」


「よくないもん! わたし彼女だもん!」


 そう、春香は彼女であり千夏はただの幼馴染。

 それで勝負はついたはずだった。


「……彼女、ね」

「な、なにさ?」


「そうね、春香にいいことを教えてあげるわ」

「いいこと……?」


「日本って法治国家なのよね。だから国民はみんな法律に基づいて行動するし、しないといけないの」


「はぁ……」

 春香がよくわからないって顔をした。


 でも安心してくれ。

 俺も千夏がなにを言いたいのか、さっぱり分かってないから。


「逆に言えば法律に書いてないことは、基本的に大した意味は持たないの。法治国家だからね」


「ふぅん……?」


「ところで法的な根拠はないのよね、彼女って。結納でもしない限り」


「…………ふぇ?」

 春香がこてんと首をかしげた。


「彼女って言っても何があるわけでもなく、空気みたいに無価値な存在なのよ。ただの他人ね」


「はい……? えっと、つまり……?」


「つまり航平が結婚するその日まで、私と春香は完全に対等ってこと」


「……えええぇぇっ!? なにそれ!? 対等なわけないし! わたし彼女だし!」


「だから言ったでしょ、彼女なんてものに法的根拠はないんだって。強いて言うなら、そうね……自称?」


「自称!? 彼女って自称だったの!? ううん、そんなはずないもん! わたし彼女だもん! こーへいの彼女だもん! わたしがこーへいの彼女なんだもん!」


 千夏のトンデモすぎる『正論』に、しかし春香は春香で『わたし彼女』理論で反撃する。

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