第38話 春香の公園

 いつもと変わらない平日の早朝。


「け、結構ピースケって力あるんだな」


 俺はピースケのリードを握りながら、元気いっぱいのピースケに半ば振り回されるみたいに、強烈に引っ張られながら朝の散歩をさせていた。


 ぐいぐいと持っていかれそうになるのを必死にこらえる。


「うーん、なんだか今日のピースケはいつもより2倍くらい元気かも?」


「だよな? 元気だよな? ピースケのやつめっちゃハッスルしてるよな?」


 俺がリードを持つのに慣れてないってのもあるんだけど、それを差し引いてもピースケがぐいぐい来てるんだよ。


「きっとこーへいに助けてもらったことを覚えてるんだよ。だからこーへいにリード持ってもらうのが嬉しいんだよ。ね、ピースケ?」


 キャウン、キャン、アン!


 春香の問いかけにピースケが嬉しそうに返事をする。


「ほら、ね?」

「そっか、ピースケは頭もいいし義理がたいんだな。えらいぞピースケ」


 キャン、キャワン!


 俺の言葉にピースケが今度はクルクルっと回転して喜びを表現する。


「えへへ、仲良しさんだねー」

 それを見た春香も嬉しそうに笑った。


 ま、これだけ元気いっぱいなんだ。

 春香と初めて会った日にピースケが散歩途中に逃げ出したことも納得だな。


 俺と春香は最近の流行りのこととか、学校でのあれやこれやをとりとめもなく話しながら、しばらくピースケの好きなように進ませていく。


「なぁ春香。ピースケの行きたいように進ませちゃってるけど、いつもって散歩のコースが決まってるっぽかったよな? いいのか?」


「んー、普段はいくつかお散歩コースを決めてるんだけど、今日はこーへいが飼い主だから特別かなー。よかったねピースケ」


 キャウン、ワンッ!


 ピースケは嬉しそうに吠えると、今度は住宅街の中にある小さな公園へと俺を引っ張っていく。


「へぇこんなところに公園があったんだな、知らなかったよ」


「小さい公園だからねー。遊具もブランコと小さな滑り台と、あと砂場しかないし」


「確かに小さいよな……しかも隣にたってる家が近くて少し暗いし。遊ぶためってより、空いてたスペースを用途がないから公園にしたって言うか? そして人がいない」


「近くに広い公園や河川敷があるから、子供も大人もみんなそっちに行っちゃう感じかな?」


「だよなぁ。ここじゃ野球もサッカーも、老人の社交場ゲートボールもラジオ体操もできないもんな」


 近所のお母さんが小さな子を連れてちょっと遊ばせるくらいしか使い道がなさそうだ。


「でもいつも人がいなくて静かだから、逆に一人になって気分転換したい時とかは結構ありなんだよね。子供のころからしんどいこととかあるとここに来て、一人でぼぅっとしながらブランコに座ってるんだ」


「ふんふん」

 小さな公園でブランコに座って物思いにふける美少女……絵になるな、なんてことをちょっと思ってしまう。


「で、あーあ、ってため息つきながらキコキコしてると、いつの間にか気が楽になってるの。で、元気になったら最後は立ちこぎからのジャンプ!」


 春香は軽くジャンプしてみせると両足をそろえて着地する。


「あ、それはありだな。いい情報をありがと。俺も今度から嫌なこととか一人になりたいこととかあったら、ここを使わせてもらうよ」


 でも住んでる街なのに、普段来ない場所だとまったく知らないもんだな。

 俺は変なところで世の中って広いなってことと、人間ってちっぽけなんだなってことを実感していた。


 世界の真理を思索する賢者・航平――なんちゃって?


「ほらこーへい、次行こう? ピースケが待ってるよ」


 ちょっと馬鹿なことを考えてた俺に春香が笑顔で声をかけてくる。

 見ると、ピースケもハッハッハッと準備万端で待ち構えていた。


「よーし、じゃあ次に行こうか。ほらピースケ、どこ行くんだ?」

 俺と春香はピースケの散歩を再開した。


 だらだらと話しながらのお散歩は半分デートみたいな感じで。


 今日も平和で楽しい一日になりそうな予感がしてくる俺だった。


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