第37話 「えへへ、ちょっと新婚さんみたいだったし」

「――というわけだったのでした、まる」


 春香の説明を聞いて、


「母さんは何を考えてんだ……」


 俺は朝ごはんを食べながら、頭を抱えていた。


 既に私服(部屋着とは違う、外行きのちょっと小ぎれいな服だ。春香がいるから)に着替えていていて、そして春香と一緒に朝ごはんを食べている。


 今日の朝ごはんはなんと春香の手作りだった。


 というのも――。



 俺がシリアルで適当に朝食を済まそうとしたら、


「えっと冷蔵庫見せてもらってもいいでしょうか?」

 春香が母さんに遠慮がちにそう提案したのだ。


「いいわよ春香ちゃん、何でも好きなの使ってね。もちろん春香ちゃんの食べる分も作っていいからね」


「ありがとうございます、えっと、こーへいのお母さん」


「お義母かあさんでいいわよ?」

「ありがとうございます、お義母かあさん!」


「ふふっ、春香ちゃんは素直で可愛いわね」

「えへへ、ありがとうございます。ではお台所をお借りします」


 みたいな会話をしたかと思ったら、春香は手際よくベーコンを焼いて目玉焼きを作って。


 ミニトマトとレタスときゅうりと、あとタマネギを薄くスライスして簡単な生野菜サラダを完成させると、仕上げにふんわり泡でいっぱいなカフェオレを付けて。


 春香は高い女子力をいかんなく発揮してパパっと朝ごはんを用意してくれたのだった。


 ちなみに母さんは今はいない。

 俺の家に春香の2人きりだった。


「ねぇねぇ、春香ちゃんは航平のどこが気に入ったのかしら?」


「それはその、えっと、優しいとことかヘタレなとことか……ぶっちゃけ全部というか……ごにょごにょ」


「あらあらまぁまぁ。良かったら後で昔の写真みせてあげましょうか?」


「ほんとですか?」

「もちろん好きなだけどうぞ。可愛いわよ? 特に最後におねしょした時の写真は――」


「母さん!」

「はいはい、お邪魔虫は退散しますから。やーねえもうお年頃で」


「そんなんじゃないから」


 そんな会話をしながら春香の手際の良さにひとしきり感心した後、「急にデパートに行きたくなったわ」とか言って、買い物に出かけてしまったのだ。


 こんな時間からデパートは開いてないだろ。

 まだ8時すぎだぞ。


 今度は変な気を回しすぎだってーの。


 そして父さんは出張中なので今、俺の家には俺と春香が二人きりと言うことになる。

 いやまぁだからと言って、別に春香に変なことするつもりはないけどね?


 コ、コンドームもないし……。



「ごめんな、寝ていたとはいえその、春香をベッドに引きずり込んじゃって」


「ううん! わたし的にはぜんぜん! むしろ役得だったし!」


「そう? ならいいんだけど」


「こーへいのベッドに入ってこーへいの匂いに包まれて一緒に寝るなんて、えへへ、ちょっと新婚さんみたいだったし」


 ミニトマトをハムッとしながら、そんなことを嬉しそうに言ってくる春香。


 うっ、可愛い……。


「たしかに一緒に朝ごはんを食べてるのも新婚さんっぽくはあるな……うん、この目玉焼きの半熟加減も絶妙だ」


 学生カップルだとお昼ごはんにお弁当を作ってもらったことはあっても、朝ごはんを作ってもらって一緒に食べるなんてのはまず無いんじゃないか?


「えへへ、将来の予行演習みたいな?」

「日々、外堀が埋められていく気がする……」


「ガッツリ埋めていってますから」

「だよな、そんな気がしてた」


 ついには母さんにまで気に入られてるし……。

 もうこれ外堀とか内堀すっとばして、本丸にまで攻め込まれてるんじゃないかな……?


 でも最近はそれならそれでいいかなって、思う自分もいたりして。

 だってこんなに真正面から好き好きアタックされるんだもん。


 もともと春香はかなり可愛いんだ。

 千夏のことをひきずってさえなければ、俺はすぐにでもオーケーしてるだろう。


 正直に言おう。

 俺はきっと春香のことが好きだ。


「ねぇねぇ、せっかくだしこの後どっか遊びに行かない?」


「いいな、どこ行く? そういやこの前、夏物を買いに行きたいなーとか言ってなかったっけ?」


「言ったけど、でもわたしが服選んでる間はこーへいは楽しくないかなって思うし。お小遣いに限りがあるからじっくり時間かけて見比べたいんだよね」


「春香となら一緒に見てるだけで楽しいと思うけど」


「そう? でも結構時間かかるよ?」


「着回しとか既に持っている服とか靴とかカバンの兼ね合いとか、そういうのをいろいろ全部考えて買うんだろ? 女の子はオシャレに気を使わないといけないから大変だよな」


 それに女の子の買い物が長いのは千夏とで何度も経験済みだしな。


「わわっ、こーへいがそんなこと思ってたとか、ビックリっていうかとても意外かも――ってうん、なんかちょっと分かっちゃった。相沢さんに教えてもらったんだよね」


「まぁ、うん……そうだな……」


 そりゃろくに女友達もいない俺の情報源は、そこしかないよな。

 ちょっと考えればすぐにわかる結論だ。


「あーあ、相沢さんはわたしの知らないこーへいをいっぱい知ってて、なんか悔しいなぁ」


「なんだかんだで長い付き合いだからな」

 俺と千夏は生まれてから15年、人生のほとんど全部を一緒に過ごしてきた関係だ。


「よしっ、じゃあ今日はこーへいと一緒にお買い物デートするし! 相沢さんとの買い物よりもこーへいに楽しんでもらうんだもん!」


 春香がめらめらとやる気を出していた。


 そう言うわけで今日は一日、春香の買い物に付き合った。


 時に「これ素敵かも」と目を輝かせ。

 時に「むむむむむむ……」とうんうん頭を悩ませ。


 可愛い洋服をあれこれ試着しては「似合う? 子供っぽくない?」とか聞いてくる春香は、一緒にいてとても楽しかった。


 表情がくるくる変わって見てて全然飽きないし。

 色んな可愛い服を着る春香も見れたしな。


 女の子の買い物を長くてつまらないって言う男は、ちゃんと女の子本人を見てないんじゃないかって俺は思うな、うん。


 もちろん個人の感想です。

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