第39話 初めての一緒に登校

「航平、一緒に学校行こう?」


 それは唐突な一言だった。


 春香との早朝お散歩デートを終えた俺が、高校に行くために家を出る寸前。

 俺んちの玄関に千夏がやってきて、いきなりそんなことを言いだしたんだ。


「え? きょ、今日? 今から?」


 なんで急に千夏が、俺と一緒に登校しようなんて言い出したんだ?

 ――っていう混乱と同時に、俺は激しい焦りを感じていた。


 靴を履いてる途中だったんだけど、学校指定のローファーのかかとを思わずクシャっと踏んづけちゃったよ……。


「そうだけど? 今から学校行くんでしょ?」


「そりゃまぁ、そうなんだけど……」

 俺がなぜ焦っていたかと言うと。


「誰かと待ち合わせ?」


「いやあの、今日はその、なんていうか――」


 それはもちろん春香と待ち合わせしていたからで――。


「もしかして女の子? なら私がいるとお邪魔かしら」


「千夏のことを邪魔だなんて、俺が思うわけないだろ」


 思わず反射的に言ってしまってから、ああ、これ言っちゃうと引っ込みがつかなくなるな――と気が付いた。


 もちろん後の祭りだ。


 千夏に女の子とよろしくやってるって思われたくない――そう反射的に思ってしまった、未練たらたらの俺の情けない気持ちが全ての原因だった。


 もちろん春香に申し訳なく思いはしたんだよ?

 だけどその、思わず言ってしまったっていうか――。


 うん、さっきから言い訳ばっかで全方位に不誠実だよな……これ以上はやめておこう。


「良かった。じゃあ一緒に行きましょ」

 にっこり笑顔の千夏に、


「お、おう……うん……だね……」

 俺はなんともあいまいな言葉を返すしかなかったのだった。


「航平と一緒に高校行くのは初めてだよね? 中学にはいつも一緒に行ってたのに」


「そ、そうだな……」


 話している間にも春香との待ち合わせ時間が迫っていて。

 いつまでもグダグダしてはいられない。


「ほら、行こう?」


 綺麗なロングの黒髪をさらりとなびかせながら歩きだした千夏の背中を追うようにして、俺は玄関を出た。


「実はその、いつも一緒に行ってるクラスメイトがいてだな?」

 千夏の横に並ぶと俺は小さな声で進言した。


 すると、


「女の子?」

 千夏からはそんな言葉が返ってくる。


 くっ、あえて女の子と言わずにクラスメイトって言ったのに、速攻で突っ込まれたぞ……。


「えっと、いや、うん、まぁ女子だよ」


「へぇ、そうなんだ。それで、それがどうかした?」


「いやどうもしないんだけどさ……」


 と言うわけでだ。


 俺は千夏と一緒にまずは徒歩5分、春香の家まで行ったんだけど、


「こーへい、おっはぁ……えっと、相沢さん……だよね? 1組の。な、なんで……?」


 春香の視線は俺ではなく隣にいる千夏にくぎ付けだった。


 千夏と一緒に登校していることを俺がいったいなんと説明――というか釈明したものかと悩んでいると、


「6組の蓮池さんですよね? 相沢千夏です。初めましてでいいのかしら。いつもの航平のお世話をしていただき、ありがとうございます」


 俺が何かを言うよりも先に千夏がさらりと自己紹介をした。

 ――したんだけどなにその変な自己紹介?


 『幼馴染』という単語に、妙に強いアクセントがあった気がしたんだけど……。

 あとお世話をありがとうってお前は俺の保護者かよ?


「えっと蓮池春香です! こーへいとはお付き合いを前提にお友達をさせていただいてます!」


 そして春香も負けじと珍妙を極めた自己紹介をした。


 お付き合いを前提にお友達をさせていただくって、どんな日本語だよ?

 ――いや事実そうなんだけど、今この場でそのアピールは必要なのかな?


「お付き合いを前提に? 航平とですか?」


 千夏が驚いたような顔を見せ、


「そ、そうですけど? それがなにか?」


 逆に春香は「ふふん!」と変に勝ち誇った風だったんだけど――、


「つまりまだただの友達であって、航平とは付き合っていないという認識でいいでしょうか?」


 千夏のその一言で、


「えっと、あ、うん、そうですけど……ええはい……そうです」


 速攻で意気消沈させられてしまっていた。

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