第52話 千夏とキス

「ちゅ――ちゅ、ちゅ――」


 千夏の柔らかくてプリッとした唇が俺の唇に合わさって――だけでなく時おり千夏の舌が、俺の唇をなまめかしてく舐めとっていく。


「んぅ――っ」

 突然のことに動揺する俺を気にもせず、


「ちゅ、ちゅ、んちゅ――」

 千夏は俺に体重を預けるように抱きつきながら、ぐいぐいとキスを繰り返してきた。


「ちょ、おい。いきないなにすんだよ――」


 千夏が息継ぎをするタイミングで、千夏を押し飛ばすようにして俺は千夏から離れた。


 思わず指で唇をなぞるとそこには唾液に濡れた跡があって。


 今俺、千夏にキスされたのか?

 なんでいきなり?


「なにって、ムカついたからキスしたの」


「いや意味が分かんねぇよ……」


 だけど千夏はさらにもう一度、俺の言葉に被せるようにキスを仕掛けてくる。


「ん――ちゅ、ちゅ、れろっ」


 まだ気が動転していた俺は2回目のキスも簡単に許してしまって――。

 唇が触れあい、千夏の舌がまたもや俺の唇をなぞっていく。


 でも、だけど。

 仕方ないじゃないか。


 だってずっと好きだった相手からキスされたんだぞ?

 しかも千夏は超がつくほどの美人なんだ。


 頭が真っ白になってあたふたしても仕方ないだろ!?


 それでも俺は気を持ち直して千夏の身体を引き離した。


「千夏……なんでこんなことしてんだよ?」


「だって航平が悪いんだよ? 好きな人が別の女の子ののろけ話を熱く語って聞かせてくるんだもん。だからムカついてキスしちゃったの」


「なんだよそりゃ……」


「そんなこと言ってまんざらでもなかったくせに?」


「そ、そんなことは――」

 ない、と俺が言いかけた時だった。


 バタン――。


 校舎から屋上に出るためのドアが開いた音がして――。


「ぁ――、ぇっと――」

 そこに春香がいたんだ。


「春香、なんでここに――」


 まさか今のを見られてたのか!?

 俺と千夏がキスするところを――!?


 春香はそわそわと視線を泳がせながら俺と千夏を交互に見やると、おそるおそる口を開いた。


「えっと、わたし、あの……のぞき見なんてする気なくて。あの、だからこーへいが何の用事なのかなって気になって……それであの、ついこっそりついてったら……わたし2人がそう言う仲だって知らなくて……えっと、あの、その、勝手に見て迷惑かけてごめんなさい!」


 最後に大きな声でさけぶように言うと、春香は180度回れ右をして走り去っていく――!


 その瞳はまっ赤になっていて、涙が溜まって今にも流れそうになっていた。


「春香! ちょっと待ってくれ、誤解なんだよ!」

 俺は慌てて春香を呼び止める。


 だけどその声は春香の心に届くことはなく、春香は俺の声を完全に無視して逃げ去っていく。


 春香は足でも滑らせたら一大事だぞってくらいに、ズダダダダダン!と大きな音をたてる猛ダッシュで一目散に階段を駆け下りていった。


 そして屋上には俺と千夏だけが取り残される。


「どうも一部始終を見られてたみたいね」


「……みたいだな」


 こっそり俺の後をつけてきたってことは、話の最初から聞いていた可能性が高い。

 でも俺は最初から最後まで春香のことが好きだって千夏に伝えたんだ。


 なのに誤解して逃げ出したってことは、くそっ、見てはいたけど、会話は聞こえてなかったのか。


 つまり春香の中では、俺と千夏が屋上でこっそり密会してキスをしていた――ってことになってるわけだ。


 くそっ。

 100%完全に誤解なのに千夏がキスなんてしてくるから――!


 いや……嘘だな。

 100%じゃあなかったんだ。


 俺は千夏にキスをされた時に、心のどこかで嬉しいって思ってしまったんだ。


 だって俺は千夏が嫌いになったわけじゃないんだから。

 千夏への想いは完全にゼロになったわけじゃなかったんだから――。


 春香はきっとそんな俺の顔を見てしまったんだ。

 出会ってからずっと俺のことを見てくれていた春香は、だからきっと千夏とキスをした俺の顔に「喜び」がゼロでなかったことを読み取ったに違いない。


 俺がこの誤解を招いてしまったんだ――。

 俺の甘さが、春香をまた傷つけてしまったんだ――。


 後悔が次々と押し寄せてきた俺に、


「航平、なにしてるのよ? 早く追いかけなさいよ?」

 千夏がしれっとそんなことを言ってきやがる。


「あのな、元は千夏のせいだろ……」

 千夏があんなことをしてこなきゃこんな事態にはならなかったんだ。


「それとこれとは話が別よ。だって今は航平がなにをするか、でしょ?」


「そんなことくらい、言われなくたって分かってるさ。ったく、あとで覚えとけよな!? あと俺のカバン頼んだ!」


 俺はそう言うと、


「はいはい、ちゃんと家に届けとくわ。だから頑張ってね」


 少し寂しそうに言った千夏の声を背中ごしに聞きながら、全力で春香を追いかけはじめた――!

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