第15話 「えへへ、だーれだ?」

 とある休日の昼下がり。


 俺はベルトがちょっとヘタってたっけな、と思い出して駅前のファッションセンターしまむらへとやってきていた。


 積極的に買おうって言うんじゃなくて、いい感じのがあったら買ってもいいかなくらいで、一番の目的は適当にブラブラすることだ。


 最近はユニクロが若干の高級志向に傾きつつある気がするんで、何かあるととりあえず、まずはしまむらスタートなんだよな。

 高校生のお小づかい的に。


 あ、もちろん個人の感想です。


 しまむらで適当に服と値段を見ていると、


「えへへ、だーれだ?」

 そんな声と共に、急に後ろから目隠しをされてしまった。


 こんなキャッキャウフフを俺ができる相手は、ごくごく限られている。

 なにより高校入学以来、毎日のように聞いているその声を間違えるはずもない。


「春香」

「せーかい♪」


 俺が即答すると、目を覆っていた手がぱっと離れた。


 振り向くと、もちろんそこにいたのは春香だった。


 当たり前だけど私服で、肩と胸元が大胆に開いた、鎖骨のまぶしいオフショルダーがかなり大人っぽいな。


 大きく開いた首元には、黒猫のチョーカーがワンポイントで全体の印象を引き締めていた。


 足下のお洒落カッコいい黒のショートブーツがすごくよく似合っている。


 可愛さを前面に、しかし随所に大人っぽさを入れ込んでいて。

 つまり要約すると、とてもステキで可愛かった。


「こんなところで会うなんて奇遇だね? こーへいは買い物にきたの?」


「半分買い物、半分ぶらぶらって感じかな。そのショートブーツ、大人っぽくてカッコ可愛いね」


「えへへ、わかる? ありがと。実はこれ最近買ってもらったんだ。チャンキーヒールって言うの。可愛いのに大人っぽいでしょ。履いてるだけで幸せになれるんだよねー」


 大事な大事な宝物を友だちに見せてあげる子供のように、目を輝かせて話す春香。

 よし、褒めただけでなく、褒めたポイントも大当たりだったみたいだ。

 やるな俺!


 太めのヒールは動きやすい機能性と丸っこい可愛らしさと、あとスタイリッシュな大人っぽさを併せもってるっていうか?


「でも春香もしまむらに来るんだな、なんだかちょっと意外な感じ」

「そう?」


 こてん、と春香が可愛らしく小首をかしげた。


「いやほら、女子はもっとお洒落なセレクトショップとか、あとはマルイとかに行くもんだとばかり思ってたからさ」


 それに比べるとしまむらは、どちらかというと、昭和の香りを平成を通り越して令和の世にまで残したレトロショップというか。

 男子が親と行って、トランクスとかハーフパンツとかTシャツとかの生活衣類を買ってもらうおかん系ショップっていうか?


 春香みたいな今時のおしゃれ女子が来るイメージじゃない気がするんだよな。


 俺がそんな素朴な疑問を投げかけると、


「ふっふーん、こーへいはしまむらのことを、何にも知らないんだね。しまむらにも結構おしゃれな服があるんだよ?」


「あ、そうなんだ?」

 しまむらには失礼ながら、心底意外だった。


「例えば、半期に一度の『しまむらまつり』になれば、中高生の女の子でいっぱいになるんだから」


「『しまむら祭』だと……?」


 なんだろう、たぶん普通に創業祭とかなんだろうけど、何とも言えない愛くるしいネーミングで、心惹きつけられるものがあるな……。


「そうだ、せっかくだから一緒に見て回らない? わたしがこーへいに、しまむらの極意を伝授してあげるよ」


「ご、極意? しまむらにそんなスゴいものがあるのか? まあでも、迷惑でなければぜひ一緒に」


「ういうい」


 そうして春香と一緒にしまむら巡りをすることになって、まず最初に案内されたのは女性衣料品コーナーだった。

 俺は男なので、もちろん来るのは初めてだ。


 春香はとことことトップス売場へ向かうと、早速あれこれと見定めはじめた。

 そしてブラウスを一枚選び出すと「うんうん」と一人頷いた。


「ね、ほら。このトップスとか、流行りっぽくて可愛いでしょ?」


「流行りかどうかはちょっとわかんないんだけど、確かに若者向けっぽい感じはするな」


 春香が手に取って身体の前に持ってきたノースリーブのブラウスは、フリルやリボンがあしらわれた、いかにも可愛いの好きな女の子向けっぽいデザインだった。


「しかし意外だったな。まさかこんな可愛い服がしまむらにあるとは……」


 正直カルチャーショックだ。


「ふふっ、最近はファッション雑誌にしまむらコーデが載ってたり、あと海外のトレンドを意識した服なんかも多いんだよ?」


「な、なんだと……!? 『ファッション誌』で『しまむらコーデ』だと!?」


 だって全身しまむらとか――俺はまったく気にしないけど――例えばおしゃれな思春期女子たちは、例え友だちの服がそうだと分かっても敢えて突っ込まないであげる、そういうのが暗黙の了解だったりするのがメイド・イン・しまむらじゃないのか!?


 はっきり言って、俺はちょっとしまむらを舐めていたみたいだった。


 ただ、先入観を取っ払って見てみれば。


 品ぞろえが豊富なぶんだけ本当に多種多様なラインナップを誇っていて――中には泣く子も黙る、鬼の原色配置で正直センスを理解しがたいものもあるんだけど――可愛いものもそこかしこにあるのが見てとれた。


 何よりあれこれ楽しそうに見てまわる春香を見ることができて、今日この時間にしまむらにきて本当に良かったと、俺は心からそう思えたのだった。



「じゃ、お会計してくるね」


 一通り見終わると、春香はそう言って最初に見つけたブラウスを購入しにレジへと向かおうとする。


「あ、結局最初のそれにするんだ」


 何気なしに聞いてみると、春香はちょっと頬を赤らめつつ、口元を件のブラウスで隠しながら&上目づかいで、


「だって、こーへいが可愛いって言ってくれたし……」


 なんて、ごにょごにょ消え入りそうな声で言ってきた。


 その姿があまりにも可愛くて、つられるようになんかこうむずがゆくなってしまった俺だった。


 ちなみに。

 春香と見て回るのが楽しくて、ベルトを買うことはすっかり忘れてしまっていた。

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