第14話 「傘ならわたし持ってきてるし、一緒に入って帰ろ?」

「うげっ、雨が降ってきた……」


 放課後。

 高校の昇降口をちょうど出ようとしたタイミングで、不運にも雨が降りはじめた。


「くっそー、予報では夜までもつって言ってたのになぁ……」


 ぽつぽつと水滴を落とし始めた灰色の空を見上げながら、恨めしく言った俺の横で、


「もー、こーへいったら。備えあれば憂いなしだよ? こういう日は折りたたみくらい、持ってこないとだし」


 ちょっと呆れたように春香が言う。


「いやほら、朝晴れてたからさ。ここから崩れていっても、ギリいけるかなぁって思ったんだよ……」


 ちなみに降水確率は、午前が10%で午後は30%、そして夜が80%だった。


 な?

 これなら全然いけそうだろ?


「もう、しょーがないなぁ。傘ならわたし持ってきてるし、一緒に入って帰ろ?」


 春香がピンク色の可愛らしい傘を開きながら、さらっとそう言ったんだけど、


「えっ? いやえっと、うん、いや、その、なぁ?」


 俺はなんと返したものかと、返答に詰まっていた。


「どうしたの?」


 そんな俺を見て、春香がキョトンと首をかしげる。


「いや、だからな? 俺が春香の傘に入れてもらうってことはだ」


「ことは……?」


「つまりその、いわゆる相合傘になっちゃうんじゃないかと、思うわけでだな……?」


「い、いいじゃん別に、相合傘くらい! 減るもんじゃないし! こーへいのケチ! イケズ!」


「なんで急にキレてんだよ……あとそのセリフは絶対に逆だろ?」


 普通は傘に入れてもらう方が、ケチケチせずに入れてよってときに、言うんじゃないか?


「もう、入るか入らないかどっちなの?」


「いや、入れてくれるなら入るよ。ありがとう、春香」


「うむうむ、素直でよろしい。じゃ、一緒に帰ろっか」


「おう」


 とまぁそういう経緯いきさつで。

 俺と春香は1つの傘に入って――いわゆる相合傘で帰宅することにした。


 傘を持つのはもちろん、背が高い俺だ。


 学校の近くだと同じ高校の生徒の視線が気になったものの、少し離れるとほとんどいなくなったんで、その意味では良かったかな。


 ただまぁそのね?

 なんて言うかね、春香が近いんだよね。

 すごく近いんだ。


 1つの傘に2人で入ってるんだから、そりゃ当然距離は近くなるんだけどさ?


 完全にくっついちゃってるんだよね。


 俺はなんとも気恥ずかしくなっちゃって、傘の中心を春香の方に少しだけずらしていた。


 だけど、


「ねぇ、こーへいの肩、濡れてない? もっと真ん中に来たら? わたしもうちょっと端に寄れるよ?」


 春香はそれに気付いたのか、そんなことを言ってくるんだ。


「さすがにそれはダメだろ、もともと春香の傘なんだし。それに女子を濡らすのは、男の子的にはすごくダサいっていうか」


「ふむふむ、男の子のプライドがあるわけですな? じゃあ、こうしよっか――」


 言うが早いか、春香は俺の腰に手を回しながら、ぎゅっと密着するように身体を寄せてきて――。


「ちょ、おい、春香――」


「な、なによ?」


「いやだって、その、これは恥ずかしいだろ……? 人目もあるし……」


 密着するように身体を寄せ合って相合傘してるとか、はたから見たら言い訳きかない完全バカップルじゃん……。


 あとその、どことは言わないんだけど、春香の柔らかすぎる感触がぎゅむっと押し付けられていましてですね――!?


「この辺りは住宅街だから人目は少ないよ? そもそも今日は雨だから、誰も外に出てないし」


「まぁ、それはそうなんだけど……」

 なおも言いよどむ俺に、


「それに、恥ずかしいって言うならわたしだって恥ずかしいし。ってことはつまり、お相子あいこってことだよね!」


 春香はナゾ理論をまくしたててくる。

 赤信号、みんなで渡れば怖くないってか?


「その意見はどうなんだろうな……? っていうか、やっぱ春香も恥ずかしかったんじゃないか。春香の顔、リンゴみたいに真っ赤だぞ?」


「当たり前でしょ? 男子と一緒に相合傘するとか、恥ずかしくて当たり前だし! こーへいはわたしを何だと思ってるのさ?」


「いや、割とそういうこと気にしないタイプなのかなって」


「気にしまくりだし! ちょお恥ずかしいし! 緊張だってするし!」


「だよな、うん」


「それに、誰とでも相合傘するとか思われたら、心外だし……」


 春香が上目づかいでそんなことを言ってくるんだ。


「お、おう……」


 ちょっと足を延ばして俺の家の前まで送ってもらったその瞬間まで、俺は相合傘の下で、何とも言えない甘い空気感にそわそわしっぱなしだった。

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