第50話 2つの「好き」

 昔みたいに千夏と一緒にお風呂に入って、だけどそこでまさかの逆告白をされてしまった夜。


 俺は自室で1人窓際にあるベッドで夜風にあたって熱を冷ましながら、自分の心と向き合っていた。


 部屋の電気を消して窓から入ってくる優しい月明かりに照らされながら、今日までのことをひたすらに考える。


 考えていたのはもちろん春香と千夏とのことだ。


 中学最後の春休みに千夏に告白してものの見事に玉砕して。

 でも高校に入ってすぐ、子犬のピースケを助けたことで春香といい感じになって。


 それから約1か月が過ぎた。


 このまま春香と関係が深まって、そう遠くないうちに付き合うのかなと思ってたところに降ってわいた今日の千夏の逆告白だった。


「千夏が俺に告白なぁ……」


 今でももしかして夢でも見てたんじゃないかって思わなくもない。

 それくらいあの逆告白は、俺にとって突拍子もない出来事だった。


「でも現実なんだよな……」


『今の航平となら、付き合ってもいいかなって思う』

『航平のことが好きってこと』


 風呂場告げられた千夏の言葉が思い返される。

 間違いなく俺は、千夏から告白されたんだ。


 千夏は俺のことが好きで、俺は――。


 俺の気持ちは――。


「俺は――春香が好きなんだと思う」


 言葉にするとすとんと納得できた。


 明るくて元気で、すぐ調子に乗ってしまう――だけど優しくて俺のことをいつも気にかけて構ってくれる女の子。

 なにより千夏にフラれてやさぐれていた俺の心に、あたたかい光を当てて溶かしてくれた春香のことを俺はもう好きになっていたんだ。


 春香のことを考えるとそれだけで心がどうしようもなくポカポカ温かくなってきてさ。

 今ならわかる、これが誰かを好きになる気持ちなんだって。


「俺は春香のことが好きだ」

 それは間違いない。


 だけどそれと同時に。


「千夏のことをはっきり諦めたかって言われたら、諦めきれてない俺が間違いなくいるんだよな……」


 千夏との恋は終わったはずだった。

 だからこのくすぶった気持ちのことは、考えなくていいはずだったんだ。


 このまま苦い青春の思い出として全部過去になるはずだった。

 だっていうのに実はそれが終わってなくて。


 それどころか、燻っていた気持ちにいきなり火を付けられてしまったんだ。


 春香への「好き」がどんどん膨らんできたところに、ゼロになってなかった千夏への「好き」があることを、俺は再認識させられてしまったんだ。


 俺の心は今、2つの「好き」によってぎゅうぎゅうにあふれかえっていた。


 春香と過ごしてきた濃密すぎる1か月が。

 千夏と過ごしてきた俺そのものとも言える長い年月が。


 「好き」って気持ちになって、俺のなかに次々と押し寄せてくるんだ。


「俺はどうすればいいんだろう――?」


 2人とも「好き」は絶対にだめだ。

 それじゃあ、俺を好きになってくれた2人に対してあまりに不誠実だ。


 大切な1人を、大切にしたい1人を――俺はちゃんと選ばないといけないんだ。


 俺を救ってくれた春香と。

 ずっと好きで一緒が当たり前だった千夏。


 俺が選ぶのは――。


 俺が今、本当に一緒にいたい女の子は――

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