第6話 「えへへ、これでいつでも連絡できるね」

「こーへい、急に黙っちゃってどーしたの?」

「悪い悪い、で、どうやるんだっけ?」


「わたしのQRコード出したから、こーへいのQRリーダーで読んでみて」

「分かった……お、繋がった」


 「はるか」がフレンド登録される。


「えへへ、これでいつでも連絡できるね」

「お、おう……そうだな……」


 なんだよ春香、そんな無防備に笑うなよな。


 幼馴染にすら門前払いされた冴えない顔で低身長の俺が、もしかして春香って俺のことが好きなんじゃねーの?とかありえない勘違いしちゃうだろ?


 男ってやだなぁもう。


「というわけで、早速送ってみました」


 春香から、可愛らしいデフォルメキャラが「はじめまして!」と言ってお辞儀をしてるスタンプが送られてくる。


「なぁスタンプってどうやって送るんだ?」


「うわっ、ガチ初心者だよ!?」


 春香がわざとらしく驚いてみせる。

 そんな姿も小動物っぽくて可愛くて困るんだけど――だからほんと勘違いしちゃうだろ、やめてよね。


「知らないのか? 最初は誰でも初心者なんだよ」


「むむっ、それが人にものを教えてもらう態度でしょうか?」


 なんだその唐突なキャラ変更、似合ってないぞ……可愛いけど。


「すみませんでした、春香さま。どうか俺にスタンプの送り方を教えてください」


 俺は素直にお願いした。

 すると、


「素直でよろしい。えっとね、ここの右側を押すとスタンプが開くから――」


 言いながら春香は身を乗り出すと、俺のスマホを覗き込んでくる。


「ぅ――」

 春香のふわふわの髪が、俺の頬にそっと軽く触れた。


 か、顔が近い……!

 千夏とはまた違った甘い女の子の匂いが漂ってきて、ドギマギして心拍数が上がったのが自分でも分かってしまう。


 しかもスマホを持つ俺の右手に、春香の身体がちょっとだけ触れてるし……!

 春香の優しい温もりが、伝わってくるんだ……!


 落ち着け、落ち着くんだ広瀬航平。


 これはただの偶然の接触だ。


 偶然仲良くなった女の子の家に、偶然上がり込んだら、偶然2人っきりになってしまって、偶然肉体的に接触しただけなんだ。


 偶然が重なっただけであって、決して勘違いしてはいけない!


 そもそも俺は、千夏のことをまだ心に引きずっているんだろ?

 千夏を諦めきれていないんだろ?


 だっていうのに、ちょっと仲良くなったからって変な期待をする――俺は女の子なら誰でもいいなんて、そんな軽薄な男じゃなかったはずだ。


 そうだよ。


 俺は物心ついたころからずっと一緒に育ってきた、幼馴染の相沢千夏のことがまだ好きなんだ。


 好きなはずなんだ。


 それに比べて、春香とはまだ出会ってたったの2日。

 だから恋愛感情なんて感じるはずがないし、感じちゃいけないんだよ。


 ――あれ?


 好きって「好きなはず」とか「感じるはずがない」とかイチイチ言い訳しないといけないものだっけ?


 もっと自然に「この人と一緒にいたい」って思う気持ちじゃなかったっけ――。


 例えば今、春香に感じているような――はっ!? 俺は今、何を考えていた?


 だめだだめだ、これは良くない気がする。

 きっと色々と良くない。


 それにこうやって俺が余計なことばかり考えていると、春香だってつまらないだろうし。


 せっかく仲良くなったんだ。

 あれこれ考えるのは後でもできる。


 今は余計なことは考えずに、自分の心に素直になって、春香と楽しく話すことを最優先しよう――。


 俺は気持ちを切り替えると、春香に教えてもらいながら無料のスタンプをダウンロードしたり、短いメッセージやスタンプをやり取りしたり、お互いに写真を撮ったり撮られたりして楽しんだ。

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