第5話 「あ、うち共働きだから平日はいないんだー」

「そう言えばもしかしなくても、今日は春香の家族の人はいないのか?」


 蓮池家の中はとても静かだった。


「あ、うち共働きだから平日はいないんだー」

「そ、そう……」


 春香の両親は今、家にいないのか……。

 つまり今この家には俺と春香、2人っきりということだ……。


 というか春香は、玄関のカギを開けて入っていたもんな。

 今さらだけど!


 オッケー、この話題にはもう触れないようにしよう。

 せっかく仲良くなったのに、変な雰囲気になったのが原因で疎遠になったら嫌だもん。


 春香だってそんなつもりはまったくないだろうに、出会って2日の男子にそういう下心ありありで見られたら、嫌な気分になるだろう――、


「ねぇ、今ってこーへいと2人きりだね――」


「ぶふ――っ!? げほっ、ごほっ――!」


 吹いただろ!?

 あえて触れないでスルーしようとしてたのに、もろに話題振られて思わずお茶吹いちゃっただろ!?


「ちょっとこーへい、大丈夫!?」

「悪い、ちょっと動揺してしまった。ティッシュもらえるかな」


 俺は春香からティッシュを受け取ると、テーブルを綺麗に吹いていく。


「あはは、意外と初心うぶなんだねこーへいって」

「……意外ってなんだよ意外って」


「だってこーへいってば、すごく自然に女の子と話すんだもん。だから試しにちょっと攻めてみたらこうでしょ? 女の子慣れしてるようでしてないんだもん。それが意外だなって思ったの」


「くっ、俺の純真な心をからかってもてあそんだだと?」


「あはは、自分で純真とか言ってたら世話ないしー」


 あっけらかんと笑う春香だけど、でもそのおかげで、変な雰囲気にならずにすんだよ。


「あ、そうだ、こーへい。ラインやってる? 交換しようよ」

 春香が真新しいスマホを取り出した。


 俺も同じく真新しいスマホを取り出す。


「いいけど、どうやるんだっけ?」


「なにその機械音痴のおじいちゃんみたいな反応……?」


 春香がツチノコでも発見したみたいな、不思議なものを見たって顔をした。


「いやそのな? 実は春休みにスマホデビューしたんだけどさ」


「わたしもそーだよ、一緒だね。ソシャゲとかやってる? フレンド登録しようよ?」


「ゲームはしない約束で買ってもらったんだ。あと成績が極端に悪いと取り上げられることになってる」


「残念、一緒にポケモンG〇やろうと思ったのに」


「まぁそれでだ、半月くらい前に最初に交換したっきり、まったく次の機会がなくてさ。やり方がどうだったかなって」


「そーいうことね。納得なっとく。こーへいはあんまり友達いないんだね」


「おいこら……」


「あはは、冗談だってば」


 ちなみにその交換した相手ってのは千夏だ。


 千夏も春休みにスマホを買ってもらって、すぐにライン交換して……あの頃の俺は夢と希望に満ちあふれていたな……。

 何でもできた気がするよ。


 そしてその直後に振られてしまい、その後ずっと無気力に生きていたから誰と会うこともなく、ライン交換することもなく今に至ったというわけだ。


 千夏とは互いに家を行き来する関係だったから、あえてラインでやり取りする必要もなかったしな。


 その間に操作の仕方を、すっかり忘れてしまったってわけ。


 ま、何にせよ。

 こうやって事あるごとに千夏のことを思い出していまうあたり、俺が吹っ切れるのは当分先になりそうだ……。


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