第7話 【幼馴染】相沢千夏と広瀬航平
春香の部屋で、他愛もないことをひたすら楽しくだべった後、
「ただいまー」
俺は自宅へと帰った。
大きな川を挟んだ向かい、春香の家からわずか徒歩5分の一軒家が俺の家だ。
「ほんと近いよな……今まで接点なかったのが不思議なくらいだ」
まぁ世の中そんなもんなんだろうけど。
なんせ中学の頃は、ほとんどすべて学校内で完結していたもんな。
学校が違えば、それこそ月と地球かってくらいに別世界の住人なのだ。
そんなことを考えながら俺が玄関で靴を脱いでいると、
「遅かったね航平。寄り道してたの?」
リビングのドアを開いて幼馴染の千夏――相沢千夏が俺を出迎えた。
いまだに話すだけでわずかに動揺してしまう俺と比べて、千夏の話ぶりは昔からずっと何も変わらないままで――それがまた俺の心を容赦なく切り刻んでくる。
「千夏……うん、ちょっと友達のとこに寄っててさ」
俺は、何とも言えない後ろめたさを感じながらそう言った。
でも、ウソは言ってない。
女友達と言わなかっただけだ。
「そ。晩ご飯もうすぐできるって。着替えたら降りてきてね」
「ああうん、分かった。ありがとう」
今日も千夏は、我が家で夕飯を食べるようだった。
そしてこれが俺にとっては――俺たちにとってはなんの変哲もないいつも通りの日常なのだ。
当たり前だけど、お隣さんで幼馴染という関係は、俺が振られたからと言って終わるものじゃない。
だからいい加減に俺も、前みたいに戻らないといけないな、とは思うんだけど、そんな簡単には割り切れないんだよな……。
それでも今日の俺は、ここ半月と比べてとても楽な気持ちで千夏と話せていた――そんな気がしていた。
とりあえずは着替えてくるか。
そんな俺を見て千夏は、なにか感じ取ったようだった。
「航平、今日はいつもと違うね。何かいいことでもあった?」
そう言って、千夏は透き通るような目で俺のことを見つめてくる。
「えっと――」
春香っていう明るいクラスメートの女の子と仲良くなって、その子の家に行って遊んで楽しかった――俺は千夏に嘘を言いたくなくて、そう告げようとして、
「――いや特にはなかったよ」
やっぱり何も言わないでいた。
春香と楽しく過ごしていたと、千夏に告げることができないでいた。
まるで出張に行くと言って実は浮気してきた夫みたいに、千夏に対して後ろめたい気持ちがあったからだ。
「ふうん、そう」
納得したのか、そもそも深く聞くつもりはなかったのか。
千夏はそれだけ言うと、これまた我が家同然に慣れた様子で、リビングへと戻っていった。
慣れているのは当然だ。
俺たちは昔から家族同然に過ごしてきたんだから。
ご飯は一緒に食べるし、家だって数えきれないほどに行き来している。
今はもうしないけど、かつてはお風呂だって一緒に入っていた。
これまで続いてきた、そして少なくともこれから3年は続いてゆく、俺たちの近すぎる関係。
「どこかで踏ん切りをつけないといけないよな……つけられるかな……」
そんなことを考えながら、離れていく千夏の後ろ姿を眺めていた俺を、再び言いようのない後ろめたさが襲ってきた。
それは千夏に、ではなく――春香に対する後ろめたさだった。
春香と楽しく過ごしておきながら、千夏のことをまだ諦めきれていないことを、俺はどうしようもなく不誠実に感じていたのだ。
「ま、あれこれ考えても仕方ない」
考えるのは、もう少し気持ちの整理がついてからにしよう。
俺は頭を振ると、着替えるために2階にある自分の部屋に上がっていった。
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