第8話 「なんでもないもーん! こーへいのばーか! イーだ!!」

 翌朝。


 俺は朝5時半に目を覚ますとランニングに出かけた。

 身体を動かしたいと思ったのはいつ以来だろうか。


「春休みは悲しさのあまり、ほとんどヒキコモリ状態だったからな……」


 家の前の川沿いの土手を軽く流して走っていると、


「あれ、こーへいじゃん。おっはー」

 ピースケの散歩をする春香に出会った。


「おはよう春香、いい天気だな。ピースケの散歩か?」


「そーだよー。こーへいはランニング? 走るの好きなの?」

「こう見えて元サッカー部なんだ」


「あ、サッカーやってんだ、かっこいいー、やるー! じゃあ高校もサッカー部?」


「いや帰宅部の予定。中学は最後まで補欠だったし、ボールを蹴る才能はないっぽいから」


「そっかー残念。こーへいがサッカーするとこ見てみたかったのに。それでわたしもマネージャーしてみたり……なんてね、えへへ」


 上目遣いで見上げてきながら、そんなことを言って笑う春香。


 ……なんだこいつ可愛すぎだろ。


 俺が幼馴染にも相手にされない低身長で冴えない万年補欠じゃなかったら、勘違いして即アタックしてるとこだぞ。


 ふぅ、朝からこんな可愛い姿見られるなんて、今日は良い一日になりそうだな。


「あれ? でもわたし、ここ半月くらい時々この時間に散歩してたけど、こーへいのこと見たことなかったような?」


「ここ半月は色々あってな……今日は気分が良かったから、久しぶりに走ってみたんだ」


「そっか……それって――やっぱなんでもない」


 春香が踏み込んで聞きたそうな顔を一瞬して、すぐにまた笑顔に戻った。

 そして俺は、それに気付かない振りをした。


「春香は中学は何か部活入ってたのか?」

「わたしはテニスやってたんだ。えいっ、エア・ケイ!」


 春香が軽くジャンプしながら、フォアハンドの素振りっぽい動作をした。


「あ、めっちゃぽい。ラケットとかテニスウェアすごく似合いそう」


「そう? こーへいがそう言うなら高校もテニスやろっかな」


「いいんじゃないか。試合の日は応援に行くぞ」


「んー、そうだねー」

 春香は少し思案するように可愛く小首をかしげると、なぜか俺の顔を確認するように見て、


「やっぱりやめとく。放課後遊べなくなるし」


「それはあるな。部活は拘束時間長いもんな」


「それにほら……こ、こーへいもわたしと遊べないと寂しいでしょ? とか言ってみたり、ごにょごにょ――」


「ごめん、途中から声が小さくてよく聞こえなかったんだけど、俺がなんだって?」


「なんでもないもーん! こーへいのばーか! イーだ!!」


「なぜ急に馬鹿と言われてイーされるのか……」

 いやイーする春香はこれまた可愛いんだけど……いやほんと、なんで?


 なんてことを楽しく話していると、ピースケが俺の足にじゃれついてきた。


 しゃがんで頭をなでてやると、嬉しそうにパタパタとしっぽを振って身体をすりつけてくる。


「助けてくれたこーへいのこと、ピースケも大好きだよねー」


 きゃん、きゃうん!


 おおっ、ご主人様に似てお前も可愛いなぁ……ほれほれ、もっと撫でてやるぞ。


 うん?

 ピースケ「も」?


 ……まぁ、聞き間違いか。


「なぁ春香、俺もちょっとピースケを散歩させてみてもいいかな?」


「もちろんいいよ。ピースケも喜ぶと思うし。はいリード」


 春香にリードを手渡された。

 その時に手が少し触れあって、柔らかい手の感触に胸が一瞬ドキッとする。


 顔も火照っている気がするけど、気付かれてないよな?


 その後はしばらく、朝の川沿いを春香と一緒にピースケの散歩をして歩いた。


 まだ4月上旬で風が少し肌寒かったけど、春香と楽しくおしゃべりする俺の心はじんわりとした温かさでいっぱいなのだった。

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