第9話 「け、結婚!? いきなり結婚とか急に言われてもっ!?」

「あたしゃ疲れたよ……」

 春香がぐでーっとテーブルに突っ伏した。


 近く数学の小テストがあるので放課後、春香の部屋で一緒に勉強をしていたんだけど、それが無事に終了したのだ。


 終了したんだけど――、


「ねぇ、こーへい。数学っていったい何のためにあるんだろうね……因数分解がわたしの人生に何をもたらしてくれるっていうの……?」


 だらしなく突っ伏したまま春香がぶーたれる。


「文句を言いながらもちゃんと理解するまで勉強するのは偉いよな」


「だって成績が悪いとお小遣い減らされるんだもん……昔から数学は鬼門なんだよね……」


「俺のスマホと一緒か。お互い赤点とらないように頑張ろうな」


「おー、がんばろー。でもこーへいも苦手な英語をちゃんとやっててえらいよねー」


「春香が真面目に勉強してるからつられてな……俺一人だとどうだったか……勉強会に誘ってもらって助かったよ」


「助かったのはこっちの方だって。こーへいって教え方上手だよね、ふんふんなるほどそういうことか! って感じ。将来は学校の先生になったらいいんじゃない? 公務員だし」


「先生かどうかは別にして、なるなら公務員だよなぁ」


 安定した仕事について、そして好きな人と結婚して家庭を持つ。

 そんな人並みの幸せを、俺も手に入れたい。


 そしてその幸せがかなった時、俺の隣にはきっと千夏じゃない女性がいるんだろう。


 千夏以外と結婚か……なんか正直ちっとも想像できないな……。


 ――なんてことを考えていると、春香とばっちり視線が合ってしまった。

 なんとなく目が合っているのが恥ずかしくなって、視線をそらしてしまう。


 そして動揺したせいで、思わず聞いてしまった。


「春香は結婚とか考えてるのか?」

 ――と。


 言ってからすぐに「やっちまった」と気がついた。


 結婚について考えていたからって、会って間もない女の子になんて質問してんだよ俺は!?

 下手したらセクハラだぞ!?


 内心焦る俺だったんだけど、


「け、結婚!? いきなり結婚とか急に言われてもっ!?」


 春香が急にあせあせしだしたのだ。


 それまでだらーっと机で伸びていたのに、急に背筋を伸ばして姿勢を正したかと思ったら、なぜか前髪を触ったり手櫛てぐしで髪全体を整えたりしはじめたのだ。


 さらにそれだけじゃなく、春香は服やスカートの裾を引っ張って、小ぎれいに見栄え良くしようとしている。


「いや急に何してるんだよ? そこまで服装とか気にしなくても、ここには俺しかいないだろ?」


 大事なお見合いをしてるわけでもないんだし、幼馴染に振られた冴えない顔の低身長ヘタレ男子相手に、そこまで気を使う必要はないと思うけどな。


 だいたい春香は変に意識してあれこれしなくても、自然体で十分に可愛いだろ?


 もし俺が幼馴染に未練たらたらじゃない一般男子なら、間違いなくその行動に勘違いさせられてしまっているところだった。

 もしかして、俺に気があるんじゃないかって。


 ま、その辺はいつもオシャレでいたいとか、男子には常に可愛く見られたいとか、女の子にしかわからない感覚があるのかもな。


「ううっ、こーへい、わざと言ってるんじゃないんだよね……?」

「何の話だよ?」


「うう――!」


「女心は難しいな……って何の話してんだっけ?」


「こーへいの教え方が上手って話だよ! ふん!」


「なんでキレてんだよ? でもそう言うことなら、またテスト前にでも一緒に勉強会やらないか?」


「え、いいの?」


「もちろんいいけど? むしろ俺も結構勉強がはかどったから、定期的にやってもいいくらいだし。帰宅部だから、放課後になにか予定があるわけでもないしな」


「じゃ、じゃあ中間テストの前は一緒に勉強ってことで、約束ね」

「おう、了解だ」


 やたらと嬉しそうに言ってくる春香の様子を見るに、よほど俺の教え方が良かったんだろうな。

 意外な才能がみつかったかも?

 

 とまぁこうして。

 初めての勉強会は、うれし恥ずかしのイベントが発生するでもなく、つつがなく幕を閉じたのだった。

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