第10話 「ねぇこーへい。お弁当作ってきたんだ。一緒に食べよ?」

 その日、


「こーへいって、いつもパン買いにいってるよね? 今日は2人分のお弁当作ってきたんだ。一緒に食べよう?」


 昼休みそうそう春香の放ったその一言で、クラス中(の特に男子)が激しくざわついた。


「くっ、ついにラグナロクが……終末の日が来てしまったか……」

「見ない振りをしていたリアルな現実を、これでもかと見せつけられた……」


「なんで広瀬……いやいい奴だけどさ……」

「もっとモテそうな奴ならまだしも広瀬だもんな……」


「春香ちゃんの手作り弁当……」

「まさにプライスレス……」


「俺の春香ちゃんが……」

「少なくともお前のじゃねぇからな」


 なんてつぶやきが、クラスのあちらこちらから聞こえてくる。


 ちょっと失礼なコメントもあったけど、実のところそういった男子の気持ちが割とよく理解できる俺だった。


 確かに俺と春香はこれまでも、名前呼びしあうちょっと特別な関係だった。


 休み時間なんかは2人でいることが多いし、帰りだっていつも一緒だ(これは単に家が近所だからだけれど)。


 それでも春香と一緒に帰る男子は他にいなかったし、春香から名前で呼ばれる男子も俺だけだった。


 初めて会った時に言われた「春香でいいよ? みんなそう呼ぶし」の「みんな」が「女子のみんな」であると気付くのに、そう時間はかからなかったわけで。


 それでも俺たちの関係はぎりぎりまだ友達以上、恋人未満で踏みとどまっていたと思う。


 だがしかし、これはどうだろうか?


 女の子が作ってきた手作り弁当を一緒に食べるというのは、明らかに一線を越えてしまっているんじゃないだろうか?


 主にカップル成立的な意味で。


 クラスのみんながざわめくのは、これはもう無理もないというものだ。

 もし俺が当事者でなければ、同じように思ったことだろう。


 でも春香のこれは、そう言う意図じゃないんだよな。


 おそらく――いや間違いなく春香は俺に、ピースケを助けてもらった恩義を感じている。

 それでこうやって事あるごとに、俺のことを構ってくれるのだ。


 そうでなければ、春香みたいにクラスで地味に人気のある美少女が、幼馴染にすら完膚なきまでに振られてしまう惨めなアリンコのような俺に、こんなに仲良くしてくれるはずがないもんな。


 まったく春香は悪い子だよ。


 こんな俺じゃなければ、速攻で勘違いして今日の放課後にでも、春香を校舎裏に呼び出して告白タイムしちゃうところだぞ?


 良かったな春香、俺が幼馴染に振られたのに未練たらたらなミジンコ野郎で。

 って、はぁ……自虐しすぎると本気で悲しくなってくるな……。


「そっか、昨日の帰り道、俺の好きな食べ物とか嫌いな食べ物を、あれこれ根掘り葉掘り念入りに聞いてきたのは、これが目的だったのか」


「これが目的だったのか――って何その言いかた? こーへいはいったい何と戦ってるの?」


「なんだろう、自分自身かな……」


「はぁ……今日のこーへいは、ちょっとよくわかんないかも……? まぁそれはいいよ。ほら食べて食べて。唐揚げ好きって言ってたでしょ? いっぱい入れてきたんだー」


 そう言ってフタを開けた弁当箱に入っていたものは――、


「いっぱい入れてきたって言うか、唐揚げと米しか入ってないんだけど……」


 まさかの唐揚げオンリー弁当だった。

 弁当箱の約3割が白米で、後りの7割には唐揚げがぎっしりと詰め込まれている。


「え、だって唐揚げが一番好きだって言ってたよね? 一応ネットでも確認したんだけど、男の子は唐揚げさえあれば他には何もいらないって書いてたよ?」


「それは否定はしないけども」

 でもそれは多分、分かりやすく極端に書いただけじゃないのかなぁ……。


「というわけで完成したのが、この唐揚げ弁当なのです」


 ものすっごいどや顔で言う春香は、それはそれは可愛かったんだけれど、だからと言って唐揚げと米しか入ってないガッツリ弁当を男子に作ってくるのは、女の子的に果たしてどうなのか……。


 女子力とかちょっと前に流行ってたけど、もう死語なのかな……?

 春香の将来がちょっとだけ心配になる俺だった。


 いや嬉しいんだけどね。

 控えめに言ってとっても嬉しい。


 だって初めてもらった「女の子の手作り弁当」だし。

 女の子にお弁当作ってもらって嬉しくない男子って、いる?


「じゃあ、いただきます。それとお弁当を作ってくれてありがとう。すごく嬉しいよ」


 俺が素直に感謝の気持ちを伝えると、


「良かった、また今度作ってくるね!」


 春香は嬉しそうにほほ笑んだのだった。


 さっそく食べ始めた春香謹製きんせいの唐揚げ弁当は、味付けも抜群で、とてもとても美味しかった。

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