第44話 「こーへい、一緒にかーえろ♪」

「やっと終わった……うんっ――っ」


 6時間目の最後の授業を終えると、俺は両手を上にあげて大きく伸びをした。


 入学から1か月弱。


 だいぶ慣れてきたとはいえ、中学と比べて格段に難しくなった高校の授業をみっちり6時間こなすと、心身ともにへとへとになる。


 一応大学への進学を考えてるし、成績不振でスマホを取り上げられないためにも、入学そうそう赤点とるわけにはいかないんだよな。


 授業後の、実質ないに等しい帰りのショートホームルームを軽く聞き流して終えると、


「こーへい、一緒にかーえろ♪」

 カバンを持った春香が、いつものように、でもいつもよりも甘えたような猫なで声で言ってくる。


 上目づかいがすごく可愛い。


 でもなんとなくこびを売ってるような気が、しなくもなかった。


 あれかな、朝とお昼休みに千夏が急にちょっかいかけてきたんで、負けじとアピールしてきてるのかな……?


 もちろん春香とはいつも一緒に帰ってるので、特に異存はない。


 俺が二つ返事でオッケーしようとした時だった、


「航平、一緒に帰りましょう?」

 

 千夏が当たり前のように教室に入ってきて、そう言ったのは――。


 春香と千夏が無言でお互いを見あった。

 どちらも笑顔なんだけど、なんて言うかこう、見えないプレッシャーをバシバシ感じるような気がした。


「こーへいは、わたしと帰るんだし! いつもそうだもん! ねっ、こーへい!」


「えっと……」

 俺は春香の問いかけに答えをにごしつつ、


「3人とも家が近所なんだし、どっちかじゃなくて3人で帰ればいいんじゃないかしら? ねぇ航平?」


「えっ、あ、うん。そう……だね?」

 代わりに千夏の言葉をあいまいに肯定した。


 だってほら、千夏が言うように3人とも近所なんだし、一緒に帰らない理由はないよね? よね?


 みんなで仲良く平和が一番だよね?


「ううっ、こーへいのヘタレ……」

 千夏の肩を持った俺に対する、春香の恨めしそうな視線がちょっと心苦しいです……。


 でもこれは千夏の作戦勝ちだったと思う。

 千夏は「春香か千夏かどちらか選べ」じゃなくて「3人で一緒に」って提案してきたからだ。


 俺がどっちかだと選べないのを読み切って、どっちか選んでって言う春香よりも、3人一緒にっていう採用されやすい意見を提示することで、結果的に春香よりも自分の意見を選ばせたんだ。


 俺の答えを聞いた春香は、俺が千夏の肩をもったと感じたことだろう。


 頭のいい千夏らしい、実に巧妙な作戦だった。


 いやいや邪推は良くないな。

 俺の考え過ぎという可能性もある。


「じゃあ話もまとまったことだし、3人で帰りましょう」

 ニッコリ笑顔で千夏がそう言って、


「お、おう……」

「ううっ……ううっ……!」


 俺は少しホッとしながら、春香はやや不満そうにそれに従った。


 そんな3人での帰り道は、行きとまったく同じ状況で。

 春香と千夏は、俺の腕をぎゅっとしながら左右からサンドイッチしてくる。


 いや、行きよりもさらに密着度合が高くなってような……?

 かなり歩きにくいんだけど、そんなことを言える空気では全くなかった。


 ここは俺が率先して間に立って、楽しい下校時間を演出するべきではないか?


 3人で話す内容は取り留めもないことばかりだ。

 授業が難しいとか、宿題が多いとかそんなことだ。


 そしてそのたびに春香は、俺との関係性がいかに進んでるかをアピールしては、幼馴染として培ってきた過去の関係を持ち出されて千夏に倍返しされる――ってのを繰り返していた。


 散々してやられながら、しかし春香は決してめげなかった。


「じゃ、じゃあ――!」


 意地でも勝つのだという強い意志のもと、果敢にも千夏に挑み続けたのだ(そして敗北し続けた)。


 俺は何気ない会話の裏でビシバシとやりあう2人に挟まれながら、時にヒートアップする春香をなだめすかしつつ、何事もないままどうにかこうにか家に帰ることに成功した。

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