第32話 放課後マックデート(後編)
「向かい合ってる席も空いてるのにカウンター席がいいのか?」
「いいのいいの」
「まぁいいならいいんだけど」
俺たちはカウンター席で仲良く肩を寄せあって座る。
「じゃあ食べよっか。はい、あーん♪」
そう言って春香はポテトをつまむと俺の口の前へと差し出した。
すると俺は恥ずかしがる間もなく、とても自然な流れでそれをパクリとしてしまった。
な、何が起こったんだ!?
「ふふん、どうやら作戦は成功のようだね」
「作戦って?」
「人間はね、正面からだと身構えちゃうけど、横からパッと急に差し出されたものはついつい受け取っちゃうんだって」
「確かに今、ごくごく自然にポテトを口にしたような……」
「恥ずかしがりやのこーへいにあーん♪するために考案した、必殺のサイド攻撃なんだよ」
「サイド攻撃ってサッカーじゃないんだからさ……」
「それにほら。隣り合わせで自然と顔や体を向け合うから、普通に向かい合うより近い距離でこーへいといられるしね」
そう言った春香はどこか甘えるように、俺に身体を寄せて軽くもたれかかってきた。
信頼するように無防備に身体を預けてきて、触れ合ったところから春香の熱がじわっと伝わってきて。
そんな春香がなんだかもう無性に愛おしくなった俺は、なかば本能的に春香の腰にそっと右手を回していたのだった。
「あ――えへへっ」
春香は一瞬ぴくっとしたけど、すぐに嬉しそうに笑うとぎゅっとよりいっそう俺に身体を寄せてきて。
「こーへいの身体、あったかいね」
「春香もあったかいよ」
「……あったかいだけ?」
「まぁその、やわらかくて女の子らしいなって思った」
「えへへ、こーへいの身体は女の子と違って大きいよね、すごく男の子って感じ」
「そうか……? 男子の中では低い方だと思うけど」
「わたしも背が低い方だから、ちょうどいいと思うな」
「お、おう……」
うっ、衝動的に勢いで腰に手とか回しちゃったけど、よく考えたら俺めっちゃ恥ずいことしてるんじゃね?
そんな内心のドギマギ焦りまくりな俺に、
「ふぁいほーへい、ふぁーん(はいこーへい、あーん)♪」
春香がまたもやポテトを出してきたんだけど、差し出されたそれを咥えたところで俺はピシリと固まってしまった。
というのもだ。
「――!?」
俺が咥えたのと反対側の先っぽを春香が口に咥えていて、つまり今の俺たちはポッキーゲームでもしてるみたいに、ポテトの両端を咥え合っていたんだ!!
っていうかもう俺が咥えたんだから、春香は離せばいいよな?
とか思っているうちに、
「はむっ、はむはむ」
まさかのまさか。
春香がポテトを食べ進めてきたんだ!
「んぐっ!?」
既に俺の目の前には春香の顔があって、俺が一口ポテトを食べたらそのまま唇が触れ合っちゃいそうでいて――。
しかも今の俺ってば、春香の腰に手を回して抱き寄せちゃってるわけで――。
春香はポテトを咥えたままで離そうとしないし、しかもなんか目をつぶってキスをおねだりするみたいに唇をつきだして「はいどうぞ♪」って感じだし――!?
こ、これもう不可抗力でキスしちゃいそうなんだけど!
いやいやでもでも!
キスってのは、愛を確かめ合う神聖な儀式であって、そんな適当に誰にでもしていいもんじゃないんだよ。
俺にとって春香は本当に大事で、真剣に気持ちと向きわないといけない、大切な女の子で――。
――なんてアレコレ色んなことを、頭フル回転で考えていると、
ポキッ。
あっけないほどに簡単にポテトが折れて、俺たちは離ればなれになったのだった。
俺は選択しなくて済んだことに、ホッと安堵した。
「こーへい、ちょーヘタレだし」
ポテトを飲み込んだ春香が、ちょっとむくれた顔をしてみせた。
「だよな……ごめん」
「うーうん、気にすることないよ。だってわたし、こーへいのそーいう優しいとこも大好きなんだもん」
「お、おう……」
最後はやっぱりにっこり笑って、俺への好意を口にした春香はすごくすごく魅力的で――。
そんな春香との距離を、もう少しだけ近づけたい――なんて思ってしまった俺は。
「ぁっ……ん……」
春香の腰に回していた手に軽く力を入れると、もうちょっとだけ自分の方に引き寄せたのだった。
とまぁそんなこんながあったものの。
この後は普通におしゃべりして、普通にあーんしてもらって、とても普通な高校生の放課後マックデートだったと思う。
いやその、ずっとあーんしてもらってたのはね?
右手を春香の腰に回してたから、食べるのに利き手が使えなかったからであって。
だから決して春香の腰を触ってどうこうっていう、イヤらしい意図はなかったというか。
だって手を離そうとしたら春香が、
「あっ……」
って寂しそうな顔をするんだもん。
そんなの離せないよね?
仕方ないよね?
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