第41話 春香vs千夏 マウント合戦

 その日のお昼休み。


「こーへい、今日もお弁当作ってきたんだー。こーへいの大好物の唐揚げ弁当だよ? 一緒に食べよ♪」


 前の席の春香が、机を逆向きにくっつけながらそう言って、


「ありがとう春香」

 いつものように俺もそう返事をしかけた時だった――、


「航平、お弁当を作ってきたの。一緒に食べましょう」

 ――千夏がドアを開けて6組の教室に入ってきたのは。


「あれって1組の相沢千夏じゃん!」

「うわっ、マジ美人!」


 その途端に教室中がざわざわと色めき立った。


「髪とかサラサラでヤバくない!?」

「ヤバイヤバイ! 芸能人みたい!」


「入学して1か月で2ケタ告白されたらしいよ?」

「相沢マジ半端ないって!」


「でもお弁当作ってきたって、え、相沢さんって広瀬の知り合いなの? っていうか恋人?」

「あれ? でもそれなら春香ちゃんは?」


「そういや朝、あの3人が腕を組んで登校したのを見たって話を聞いたぜ? ウソだと思って笑って流したのに」


「なになに、これってもしかして修羅場?」


「ちょっと待てよ! なんで広瀬だけこんなにモテるんだよ!?」

「広瀬でいいなら俺にもワンチャン……」


「俺生まれ変わったら絶対に広瀬になるわ……」

「俺もなるわ……」

「俺も……」


 激しくざわめいた教室をものともせずに、堂々と俺の席までやってきた千夏は、


「お昼の間だけこの席をお借りしてもいいかしら?」

 学食に向かおうとしていた俺の隣の男子の席を、


「ど、どうぞご自由に! ギリギリまで時間をつぶして予鈴ギリギリまで帰ってきませんので!」


「あら、ありがとう」


 いとも簡単に手に入れてしまうと、机ごと俺の席にくっつけて自分の分と俺の分の2つの弁当を広げだした。


 そんな千夏に対抗するように、


「あの、こーへいは今からわたしの作ったお弁当を食べるんですけど!」


 春香が鼻息もあらくズイっと俺の前に弁当箱を差し出した。


「あら、そうなの? でも航平は私の作ったお弁当を食べたいわよね?」


「全然そんなことないし! こーへいは大好きな唐揚げ弁当のほうが食べたいんだし! だよね、ねっ? ねっ!?」


「あら奇遇ね? 私が作ってきたのも唐揚げ弁当なの。昔から航平の大好物だものね」


「ううっ……! またそうやって幼馴染アピールするし……! ねぇこーへい、どっちを食べるの!?」


「航平、わたしの作ったお弁当を食べて」


 2人は机の上にお弁当を置くとグワッと迫ってきた。


「いやあの、うん、どっちも食べるよ……? お腹空いてるしちょうど良かったかよね? 食べないのはもったいないし? 食べれるよ、うん、全然平気。どっちも食べたいなぁ」


 果たして俺にその答え以外が許されていたのだろうか?

 もっと良い意見があったら今後の参考にするのでぜひとも教えてくれませんか……。


「ううっ、こーへいのへたれ……」

 春香が恨めしそうな顔で言って、


「じゃあさっそく食べましょう」

 千夏は澄ました顔でそう言った。


 そんなこんなで始まった怒涛どとうの昼休み。

 俺たちは最初に仲良くそろって「いただきます」をしたんだけど、


「はい、こーへい。あーん♪」


 直後に春香が放ったその一言で、既に俺たちに注目が全集中していた教室が一瞬のざわめきの後、静まり返った。


「ちょっと春香……あの、ここ学校なんだけどさ……」


 クラス中が見ている中で「あーん♪」するのは、さすがにバカップル過ぎてヤバいだろう?

 っていうかカップルどころか、一応まだ付き合ってないよな俺たち?


 だって言うのに、


「はい、こーへい。あーん♪」


「えっとあの……」


「はい、こーへい。あーん♪」


 春香は笑顔だった。

 すごく笑顔だった。


 だけどその目の奥は、かけらも笑っていなかった。


 まるで4年に1度のオリンピックで金メダルをかけて決勝戦に臨むアスリートのような、決意に満ち満ちた目が俺をとらえて離さなかったのだ――!


 俺は春香の笑顔から発せられる無言のプレッシャーに気圧けおされるように、差し出された唐揚げをパクリといきかけて――、


「航平、あーん」

 タイミングよく横合いから差し出された唐揚げをパクリと食べてしまった。

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