第25話 「す、好きだなんて……てれっ」

「どうしたんだ?」


「えっと、誰か奥にいたような気がしたんだけど――」

 俺も振り返って、春香の視線の先を見てみたものの、


「誰もいない――かな?」

「ごめん、多分見間違いっぽいかも。風で木が揺れたのかな?」


「かもな。でもよかった……」

 ご近所さんに春香とのキスを見られたかと思って、ちょっと焦ったじゃないか。

 

「なんて言うんだっけこういうの。幽霊の正体見たり――か、か、カレーパン?」


「『枯れ尾花』な。カレーパンをどうやって幽霊と見間違えるんだよ」


 俺が苦笑しながらツッコミを入れると、


「分からないよ? 絶対ゼロって言いきれる?」


 なぜかそんな言葉が返ってきた。


「いや絶対ゼロだろ。カレーパンを幽霊と見間違えることはない。ちなみに枯れ尾花ってのはススキのことな」


「す、好きだなんて……てれっ」

「言ってないから。ススキだから」


「残念……都合のいい耳をしてみたんだけど」

「こいつ確信犯か、確信犯だったのか」


 この「確信犯」の使い方は実は間違っているらしいけど、とりあえず今はそんなことはどうでもいい。


「わたし思うんだけど、ちょっとヘタレなこーへいを攻略するには、これくらい積極的に既成事実を積み上げる感じの作戦の方が、いいんじゃないかなって」


「既成事実を積み上げるって……」

 なにそれ怖い。


「押してもダメならもっと押しちゃえ? ガンガン外堀を埋めてく的な?」

「まさかさっきのキスも――」


「さてどうでしょう? ――ってうそうそ! あれは誓って誠実なキスだったもん! 心のたかぶりから来たナチュラル・ピュア・キッスだったもん! もうこーへいのいじわる、わたしすっごく勇気出したのに! ふーんだ! しらないもん!」


 春香がむくれてそっぽを向いた。


「ごめん、今のは俺が悪かった。100パー茶化す場面じゃなかったよな。ほんとごめん反省してる。だからねないでくれ、な? あと外堀を埋めるのはほどほどにしてくれると嬉しいかも……」


「残念、それは無理な相談です。だってわたし、こーへいに本気だから。本気で好きだから」


 春香がまるで宣戦布告でもするかのように、しっかと俺を見据えて言ってくる。


「うん……俺も本気で春香のことを考えるよ。自分の心と向き合ってちゃんと答えを出すから」

 だから俺も、それにこれ以上なく真剣な気持ちで答えたのだった。


 俺は今この時から、新たな一歩を踏み出すのだから――!


 しばらく夜道でむずかゆく見つめ合ってから、春香が口を開いた。


「じゃあ今度こそおやすみなさい、こーへい」

「うん、おやすみ春香。いい夢を」


「こーへいもね、ぐっどらーっく」



 こうして。


 俺と春香の長い長いすれ違いの一日は、甘い甘いファーストキスとともに無事、幕を下ろしたのだった。


 ちなみに。


 ファーストキスはほのかな歯磨き粉の味だった。

 多分春香も同じこと感じたんじゃないかなと思う。



 そんな一大イベントの帰り道。

 そっと玄関を開けてこっそり家に入ろうとした俺は、


「あれ? 千夏の部屋の電気ついてんじゃん。まだ起きてるのか……勉強でもしてるのかな」


 ふと隣の家の2階の一室が――小さいころから何度も入ったことがある千夏の部屋に、まだ電気がついていることに気が付いたのだ。


 スマホで確認すると、時刻はもう深夜の1時に近い。


「明日も――いやもう今日か。学校があるってのに頑張ってるなぁ」


 千夏はなんでもすぐ一発で理解できちゃう典型的な天才型なのに、豆に復習して努力も惜しまない秀才型でもあるんだよな。


 しかも運動も得意で、外見は黒髪ロングの清楚系美少女ときた。


「こんなパーフェクトな幼馴染がいるなんて、ほんと漫画みたいだよなぁ」


 そして俺はそんな完全無欠の幼馴染に対して、釣り合う努力を何もしてこなかったのだと、改めて再認識したのだった。


 春香のことを、とても好ましく思っている俺と。

 千夏のことを、未練がましく好きでいる俺。


 俺の心の矢印は、これからどちらに向かうんだろうか――。



―――――――――――――――


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