第24話 「良かったぁ……えへへ、今の私のファーストキスだし」

「え、どこ?」


 こんな大事な話をしに来たのに、ずっと顔に何かついていたなんて、俺カッコわるすぎだろ!?

 慌てて手で頬をぬぐったんだけど、


「うーん、まだ取れてないみたい。しょーがない、わたしが取ってあげるよ。じゃあ目をつぶってくれる?」


「え? ああ、うん」


 俺は言われるがままに目を閉じた。

 目をつぶれってことは、なにかついているのは頬の上の方なのかな?


 うう、ほんと俺って締まらなくてカッコ悪すぎだな……。


 そんなことを考えていると、なぜか春香の手が俺の首すじに触れた。


 春香の柔らかい手のひらが恐るおそるって感じでそっと触れて、それがちょっとくすぐったくて軽くピクッと首をすくめてしまう――、


「ちゅ――」


 その瞬間、思考が止まった。


 いや俺の全思考・全神経はただ一点にのみ集中していた。

 俺の唇が、なにか温かくて柔らかいもので塞がれている――ということに。


 何かって言うか十中八九、これは春香の唇だった。

 唇だけでなく鼻と鼻がこすれ合うようなこそばゆい感触もあって――。


 俺の唇と春香の唇が触れあっている――それはつまり、


「き、キス!?」


 思わず目を開けた俺の目と鼻の先には、やっぱり春香の顔があった。

 比喩でもなんでもなく、文字通り目と鼻の先だ。


「ちょ、こーへい、声が大きいってば!? ここ深夜の住宅街なんだよ!? っていうかわたしの家の前! お父さんに聞こえちゃうし!」


 俺のすぐ目の前、鼻と鼻がこすれ合うような距離で、周囲を見渡しながら小声で焦ったように言った春香。

 その顔は、今まで見た中で一番ってくらいに真っ赤っかになっていた。


 耳も首もちらりと見えた鎖骨のあたりまで、それはもう真っ赤に染まっていたのだ。


「わ、悪い……いやでも、え? ええっ?」


 だってキスだぞ!?

 チュウだよ!?


 歯磨きしといてよかった!

 ――じゃなくてだな!?


「今、その、俺たちキス……したよな……?」


「し、したけど……? その、き、嫌いじゃないんだから、いいでしょ? うぅ……もしかしてダメ、だった?」


「あ、いや、そういうわけじゃないけど……」


 俺はさっきの感触を確かめるように、指でそっと自分の唇に触れた。

 じんわりと、春香の温もりが残っているような気が、した。


「なら良かったぁ……えへへ、今の私のファーストキスだし」

「お、おう……」


「こ、こーへいは?」

「俺ももちろんその、初めてだったぞ……」


「えへへ、初めてどうしおそろいだね……」

「うん、その、おそろいだな……んっ」


「ちゅ――」


 俺の言葉が言い終わらない内に、再び春香が唇を合わせてくる。


 2回とも唇がそっと触れ合ってすぐにほどける、大人が見たら笑っちゃうような子供だましのキスだった。


 だけどそれは温かくて優しくて、なにより春香の想いがこれでもかと詰まった、俺が生涯決して忘れることがないであろう――そんな最高にステキなキスだった。


「……」

「…………」


「な、なにか言ってよ……」

「えっと、あの、ごめん頭が真っ白で……」


「こーへいは、ほんとヘタレだし……」

「すまん……」


「こーへいの顔真っ赤だよ……?」

「春香だって真っ赤だろ……」


「……」

「…………」


 ドギマギしながら見つめ合う俺たちを、なんとも言えないこそばゆい空気が包んでゆく。


「が、学校あるしそろそろ寝ないとだね……」

「そ、そうだよな……遅刻はよくないしな……そろそろ寝ないとだよな……」


「じゃ、じゃあまた明日学校でね……」

「あ、うん、おやすみ……春香……」


「お、おやすみ、こーへい……って、ん? あれ?」


 そのまま別れようとしたところで、春香が俺の背中側のちょっと奥を見るようなそぶりを見せた。

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