第20話 「ね? せっかく会ってるんだし顔を見て話そうよ」

「悪いな、こんな時間に急に呼び出しちゃって」


「あ、ううんぜんぜん大丈夫……でもないけど……こっそり出てきたし。えっと、こんばんは……あ、もう日付変わったからおはようなのかな?」


 玄関を出て門のところまでやってきた春香が、少しぎこちなく挨拶をしてきた。

 でもそれも当然だろう。


 散々謝ろうとしたのに全く返事がなかったと思ったら、いきなり真夜中に呼び出されたんだから。

 『なんなのこいつ? じょーしきないの?』って思われても無理はない。


「あの、一つだけ疑問なんだけど……こんな時間に『今から行く』なんてライン送ってきて……もしわたしが寝ちゃってたらどうするつもりだったの?」


「学校があるから、朝まで待ってたらいつかは出てくるだろ?」


「風邪引いたりとかするかもだし……」


「……その発想はなかったな。……まぁその時はその時に考えるよ。とりあえずは出てきてくれたわけだし、結果オーライってことで」


「なにそれ……ぜんぜん締まらないじゃん……」


「うん、よく言われる」


 ほんと俺はパッとしなくて締まらない男だ。

 千夏の言った通りだよな。


「締まらないけど……でもカッコよすぎでしょ……こうやっていつもわたしの前に現れるんだもん……こーへいのばーか……」


 そこでプツっと会話が途切れた。


 俺と春香は言葉がないままに見つめ合い。

 そんな俺たちを夜の静寂しじまがそっと優しく包んでいった。


 いつもとは違った少しぎくしゃくとした――でも不思議と嫌とは思えないこそばゆい空気感の中で、俺と春香はしばらく無言で見つめ合う。


 そのまま1分ほど経過してから、


「こーへい、さっきは酷いこと言ってごめ――」

 春香が謝罪の言葉を口にしたちょうど同じタイミングで、


「ごめん春香。さっきはいきなりキレて酷いこと言っちゃって、本当にごめん!」

 俺はガバッと勢いよく頭を下げると、心から春香に謝罪した。


「な、なんでこーへいが謝るし……わたしが傷つけるようなこと言ってこーへいを怒らせちゃったのに――」


「そんなことない、春香は何も悪くない。俺を馬鹿にするつもりがなかったことくらい、ちゃんと分かってる。なのに俺は、分かっていながらカッとなって春香を傷つけたんだ。だからごめんって言うのは俺のほうだ」


 しっかり春香の目を見て伝えてから、俺はもう一度深々と頭を下げた。

 蓮池春香という素敵な女の子を傷つけてしまったことを、俺は心の底から謝罪した。


「ううん、悪いのはやっぱり酷いこと言ったわたしだもん。だからこーへい、顔を上げてよ?」


 頭を下げていた俺の頬に、春香の両手がそっと優しく差し伸べられた。

 そのまま手のひらで包み込みながら、スッと顔が持ち上げられる。


「ね? せっかく会ってるんだし顔を見て話そうよ」


 そうして改めて見た春香は小さく笑っていて、ぎくしゃくした雰囲気はもうほとんど感じられなかった。


「ごめんね、こーへい」「ごめんな、春香」


 またもや2人の言葉が綺麗にかぶってしまい――、


「ぷっ――」「ははっ――」


 俺たちは顔を見合わせたまま、小さな声で笑いだしていた。


 そしてたったそれだけで。


 今まで悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらいに、俺たちはもうすっかり、いつもの空気に戻っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る