第19話 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 しばらくして目が覚めると、部屋の時計は19時を指していた。


「寝たおかげで少し気分がリフレッシュした気がする……」


 しかし結局その後も、


「晩ご飯を食べてから……」

「風呂に入ってから……」

「宿題をしてから……」


 俺は言い訳を重ねに重ねて、謝ることを先延ばしにしていた。


 先延ばしにすればするほど謝りづらくなるという悪循環に、どっぷりつかってしまっていることは分かっていた。


 それでも最悪の未来を想像すると、どうしても勇気がでなかったんだ……。


 そうして時刻は深夜23:50。

 日が変わる直前の今になってもまだ、俺はだらだらと春香に謝るのを引き延ばしていた。


「さすがに日が変わるとやばいよな……っていうかこのまま明日学校で会うと気まずすぎる……」


 タイムリミット限界、どうしようもなくなった俺は意を決してスマホを充電器から引っこ抜くと電源を入れた。

 すぐにラインの通知が目に止まったんだけど――、


「ちょ、メッセージ179件だって!?」


 慌てて確認をすると――当然のことながらその全てが春香からのものだった。


「今日はひどいこと言ってごめんなさい」

「怒らせちゃってごめんなさい」

「こーへいのこと傷つけちゃってごめんなさい」

「全然そんなつもりなかったの。ごめんなさい」


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。


 そこには文面こそ違えど、必死にごめんなさいと謝り続ける春香の言葉が、ずらりと並んでいた。


「こーへいが相沢さんを見ていて嫉妬しちゃいました。ごめんなさい」

「ひどいこと言ってごめんなさい」

「反省しています、ごめんなさい」

「何を言っても取り返しがつかないと思うけど本当にごめんなさい」


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――。


 春香の必死過ぎる想いで、ラインはあふれかえっていた。


 俺がぐだぐだ理由をつけて先延ばしにしている間に、春香は必死に既読すらつかない謝罪を繰り返していたのだ。


 春香の気持ちを考えるだけで、俺の心がぎゅっと強く締め付けられる。


「俺は、俺は最低の人間だな……本当にどうしうもないミジンコ以下の存在だ」


 身長は平均以下で、顔は冴えなくて、パッとしなくて、サッカー部では最後まで補欠で。


 ――でもそんなの全て吹っ飛ぶくらいに、俺のことを想ってくれる女の子の気持ちを踏みにじった、最低最悪の大バカ野郎だった!


「まったく、こんなどうしょうもないヘタレ野郎なんだ。そりゃ長年一緒に過ごした幼馴染にだって振られるってなもんだ」


 自分で自分を笑ってしまう。

 そして同時に、俺の中にひとつの決意が芽生えていた。


「そうだ。ヘタレでもヘタレなりに、やるべきことはやれよ広瀬航平!」


 俺はすぐに返事を書こうとして――やめた。


 言葉でちゃんと伝えないといけないって、思ったから。

 誠意にはちゃんと誠意で応えろと、俺の中に残っていた男の子としての気持ちが、そう強く思わせたから!


 俺はラインで短いメッセージを春香に送ると、すぐに着替えて家を出た。

 向かう先はもちろん春香の家だ。


「春香ごめんな。今から俺の気持ちを伝えにいくから――」


 徒歩5分、家の前の川を渡ればすぐに春香の家につく。

 既に深夜0時を回っているため、インターホンを押すわけにはいかない。


 しばらく春香の家の前で待っていると、音をたてないようにそーっと静かにドアが開いたかと思うと、恐るおそるといった様子で春香が顔を出した。


 春香はパジャマの上に薄手のカーディガンを羽織っていた。

 その目が少し赤いのは、きっと泣いてたんだろう。


 春香の泣いている姿を想像すると、俺の心がまたぎゅっと強く締め付けられた。

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