第18話 後悔
家に帰ったとたんに猛烈な後悔が、岸壁に打ち寄せる荒波のごとく、何度も何度も俺を襲ってきた。
カッとなってキツイ言葉を言って、春香を泣かせてしまった。
あんなこと言うつもりじゃなかった。
傷つけるつもりなんてなかった。
決してそんなつもりじゃなかったんだ。
だけど心の奥から溢れ出てくる、熱くてドロドロしたマグマのような濁った感情を、あの時の俺はどうしても抑えることができなかったんだ。
まるで自分が自分でなくなったみたいに、強烈な感情に突き動かされてしまったんだ。
「春香に謝らないと……ごめんって言わないと……」
いったん冷静になって、強くそう思った俺だったんだけど、
「いきなりあんな風にキレられたら、春香も怒るよな……」
とても謝りづらい……。
そもそも謝ったところで、春香は許してくれるのだろうか?
明るい春香はクラスでも人気者だ。
俺が春香といるんじゃなくて、偶然が重なって俺が春香に選ばれただけ――ってのが今の関係性の本当のところだろう。
本来なら接点なんてなかったはずが、たまたま入学式の日に春香の子犬を助けたことで、春香は俺に恩義を感じて話してくれるようになった。
そんな関係だって言うのに、よりにもよって俺の方からキレ散らかして傷つけたんだ。
それもいきなり突然に。
それまで普通に話してたのに、急に前触れもなくキレ散らかされた春香は、大きな理不尽を感じたことだろう。
「もう顔も見たくないって思われているかもな……」
謝りたいけど、その時になんて言われるか考えるとすごく謝りづらい……。
絶交されるかも……。
下手したら、まともに話すら聞いてもらえないかもしれない。
シュレディンガーの猫じゃないけど、春香に絶交されるまではまだ俺と春香は仲良しのまま、とかそんな風に考えてしまう情けない俺がいた。
俺は春香に拒絶されることが、今さらながらに怖くなっていた。
春香という存在が俺の中でそれほど大きくなってしまっていた。
俺は――俺は春香のことを、いったいどう思っているんだろうか?
こんな事態になった今さらになって、そんなことを考える。
俺はまだ千夏が好きだ。
あれだけ完全無欠にシャットアウトされたって言うのに未練たらたらだ。
それは間違いない――と思う。
だけどここ最近は、前ほど千夏のことを考えなくなっていた。
千夏ともまた前みたいに普通に話せるようになった。
その代わりに、俺は春香のことを考えることが増えていた。
今日も楽しかったなとか、また馬鹿なこと言ってたなとか。
当たり障りのないことばかりだったけど、春香とのやりとりを思い返しては温かい気持ちになる自分がいて。
そして俺は、そんな自分がぜんぜん嫌じゃなかったんだ。
この気持ちはいったいなんなんだろう?
もしかして俺は春香のことを好きなんじゃ――?
「――って今はそれどころじゃない」
俺は頭を振って気持ちを切り替える。
「早く春香に謝らないと。やっぱラインだよな、通話よりも文字度の方が謝りやすいし」
あと拒絶された時のダメージが少ないだろうから……。
俺は「さっきは悪かった。ごめん」と打ちかけて――しかし途中でスマホを持ったまま指が止まってしまった。
「だめだ、なんて返ってくるか考えると胃が痛すぎる……」
そう。
俺は傷つけた女の子に謝ることすらろくにできない、どうしようもないヘタレだったのだ。
ためらったままでしばらく固まっていると、
「あ……スマホの充電切れそうじゃん……」
と言うことに俺は気が付いた――気が付くことができてしまった。
「ちゃんと充電しておかないとだよな……うん、気分転換もした方がいいかもだし……連絡するのは後にするか……」
俺は自分自身を納得させるように、独り言を言った。
充電が5%を切ってたのは事実だったものの、それはもう、どうしようもないくらいに、先延ばしにするためのただの言い訳に過ぎなかった。
たかだか謝るだけでバッテリーは消耗しない。
部屋にいれば、コンセントに繋いだままで使うことだってできる。
つまり俺は無理やり理由をつけて、嫌なことをただただ先送りしたのだった。
そしてそれがまた、俺の心を責め立ててくる。
「女の子を泣かせたのに、ごめんなさいもろくに言えないとか……こんなんじゃ千夏が愛想をつかすのも当然だよな……」
千夏に釣り合う男じゃないと、今さらながらに自己認識させられて、
「はぁ……」
もう何もかも投げやりな気分になった俺は、ため息をつくとスマホを充電器に差しこんで、ゴロンとベッドに寝っ転がった。
俺は昼寝はしないタイプなんだけど、今日は精神的に消耗したからか、すぐに眠気が襲ってきて――。
…………
……
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