第17話 「――って、いつまで見とれてるのこーへい!」

 サッサッサッサ――。

 サッサッサッサッサ――。


 俺と春香は正門から校舎までの通路(桜並木だ)の掃き掃除をしていた。


 別に何か問題をやらかして罰掃除させられているわけではなく、いたって普通の放課後の掃除当番である。


 もちろんここの当番は俺たちだけじゃないんだけど、結構距離があるので区域を区切って2人1組になって掃除をしていたのだった。


 その時になんて言うかその、同じ班の奴らが気を利かせてくれたって言うか?

 お節介してくれたって言うか?


 俺と春香が一緒に掃除できるように、取り計らってくれたのだった。


 サッサッサッサ――。

 サッサッサッサッサ――。


 既に開始から15分が経過し、掃除は最終段階に入っていた。


 2人で集めた桜の花を、俺が持つちりとりに春香がほうきで掃き入れる。


 ほこりが立たないように、あまり速くほうきを動かさず、軽く地面に押さえつけるように掃いているのが、気づかい上手な春香らしいな。


「はいこれで終わりーっと。桜並木は春に見上げると綺麗だけど、その後の下の掃除が問題だよね」


「頭隠して尻隠さず――いや灯台もと暗しって感じか」


 あれ今の俺、上手く言ったんじゃね?


「あ、今の上手く言ったんじゃね、とか思ってるでしょ」

「な、なぜそれを? まさか春香は人の心が読めるエスパーさんだったのか?」


「なに言ってるの……? さっきのこーへい、めっちゃ分かりやすくどや顔してたじゃん」

「こ、こほん……でも年季の入った大きな桜ばかりだよなぁ」


 ズバリ指摘されてしまい、穴があったら入りたいほど恥ずかしかった俺は、露骨に話題を変えた。


「この桜並木はこの高校が旧制中学校(?)だった時からあるらしいよ。学校案内のパンフレットに載ってたし。でもこれだけ大きいと、秋の落ち葉は掃除が大変そうだよねぇ」


「だな」

 今から秋の到来が億劫おっくうだ……。


「じゃあ帰ろっか。みんなももう掃除終わってるかな?」


「さっき掃除用具を片付けに行くのがちらっと見えたから、終わってると思うぞ」


「じゃあ私たちも早く片付けちゃおう」

「了解」


 そうして世間話をしながら、2人並んで掃除用具を片付けに行く途中だった――、


「あ――」

 ――俺たちが千夏とすれ違ったのは。


 下校途中なのだろう。


 千夏はクラスメイトと話しながらチラリと俺に――いや春香にか?――視線をやると、しかし足を止めることもなく、何も言わずに立ち去っていった。


「今の1組の相沢さんだよね。あの人すっごく綺麗だよね。スタイルは良いし、美人だし、髪もサラサラのストレートだし。わたしのすぐ跳ねちゃうくせっ毛とは全然違うんだもん――って、いつまで見とれてるのこーへい!」


「別に……見とれてないだろ……」


 見とれていたわけじゃなかったと思う。


 ただなんとなく、ナンパしてるのを彼女に見つかってしまったみたいに、春香と一緒にいるところを見られたのが居心地悪くて、身体が固まってしまったのだ。


 千夏の表情が、気になって気になって仕方なかったんだ。


「ううん、めっちゃぼーっと見てたし! 見とれまくってたし! あーあ、こーへいもやっぱ美人が好きなんだなぁ……」


 髪をいじりながらの何気ない春香の言葉に、


「だから見とれてないって言ってんだろ!」


 俺は無性にカチンときてしまった。


「別に美人だからって見てたわけじゃねぇよ」


 自分で言っておいて、チンピラが凄んだような、なんて怖い声を出したのだろうと後悔したけど、でも謝る気にはなれなかった。


「えっと、あの……ごめん、こーへい……えっと、ごめんなさい。わたしそんなつもりで言ったんじゃ……」


 春香が捨てられた子猫みたいな顔をして、蚊の鳴くような声で謝罪をしてくる。


 くそっ。


 春香を怖がらせるつもりなんてなかった。

 春香が本気で俺を非難するつもりがなかったことも、わかってる。


 でもまるで『美人だから千夏のことが好きだったんでしょ?』みたいに言われた気がして――俺の千夏への想いが、馬鹿にされたみたいな気がしてしまって。


 その瞬間、俺はどうしても感情を抑えることができなくなったのだ。


 ついでに『幼馴染だからって、冴えないこーへいがあんな美人と付き合えるわけないじゃん』って、言外にそう言われたみたいで――。


 何気ないその言葉が、春休みの一件からまだ立ち直れていない俺の心を、グサリグサリとえぐってきたんだ。


 もちろん全部が全部、俺の勝手な思い込みだ。

 そもそも春香は、俺と千夏が幼馴染であることすら知らないんだから。


 だけど春香と出会ってから下火になっていた――けれど決して消滅したわけじゃない千夏への気持ちとか、告白した後悔とかそういったものが、ごちゃごちゃになって一気に押し寄せてきて。


 俺は自分で自分の感情が高ぶることを、抑えられなかったんだ。


「ごめんなさい、あの、こーへい――」

 必死に謝る春香を、


「悪い……今日は1人で帰る」

 俺は取り付く島もなく、一方的にシャットダウンした。


「あ、うん……ごめんね」


 力なく頷いた春香の目には、強い後悔の色とうっすらと涙が浮かんでいて。


 俺はそれに見て見ぬふりをした。

 いや、見ないように意図的に目をそらしていた。


 春香はなにも悪くない。

 あんな言葉でいきなりキレた俺の方が、どう考えたって間違ってる。


 悪いのは心の中のもやもやに、勝手に自分で火をつけた俺自身だ。


 でもそれが分かっていてもなお、俺は心の中に渦巻く言いようのないイライラを、抑えることができなかったんだ――。


 いろいろとやりきれなくなった俺は、春香を置いて足早に歩きだした。


 掃除用具を片付けると、俺は立ちすくんだままの春香から顔を背けて帰路についた。


 イライラとか後悔とかいろんな感情が心に渦巻く中、春香がついてくる気配がないことに内心ほっとしながら、俺は足早に帰宅したのだった――。

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