第4話
次の日、どれほど日がたかく上がっても二人は目をさましませんでした。はじめにおきたのはご主人さまでした。まっすぐにペンをとります。キリキリときざみつける音がして、いっしんふらんにしごとをこなします。
となりのへやでガバッとネルがとびおきました。
「大へん! ねぼうしちゃった!」
「おはようネル。きのうはおつかれさま。今日はゆっくり休んでもいいんだよ」
「そんなことしてるばあいじゃないの。今日もマッチうりにいくから。ご主人さまも大へんなんだよね。だからわたしにまかせて」
「でも……。つらかったろう? さむかったろう? 何かいもことわられて、きたないことばもうけて、かなしかったろう?」
ご主人さまは今にもなきそうでした。そのかたがこきざみにふるえています。こうかいが目からなみだとなってあふれてきました。そのご主人さまのモジャモジャあたまに、ネルはそっと手をおきました。
「そんなことないよ。たしかにつらいこともあったけど。でもそれとおなじくらい、うんうん、もっともっとやさしい人にもあったの。だからわたしはだいじょうぶ」
それだけいうと、ひるごはんを作りにいきました。ぎこちないスキップがろうかをきしませます。ご主人さまはネルがおきるよりもずっとはやく、かきなぐるようにげんこうようしをうめていきました。
ほうちょうがたてるこぎみのいい音がします。かぐわしいにおいがあたりにたちこめます。
「できたよー」
ネルがよびにきました。ご主人さまも何かにちじょうにもどったような、でもとくべつなかんがいをかんじました。そしておもいこしに力をこめてグッとあげると、ネルのまつ、ちゃぶ台にむかいました。
「もうゆうごはんになっちゃったね」
「ほんとにごめん。なにもかも」
「わたしがやったほうが、けっきょくなんばいもはやいからね。ペンがもてなくなってもこまるし」
「それはそれできずつくよ……」
二人はわらいあいました。でもげんきなわらいとはちょっとちがいました。すこしまえまでのちゃぶ台にくらべて、とてもつかれたわらいでした。
「ほんとうに今日も行くのかい?」
「もちろん」
「じゃあやくそく。といってももとからそうするつもりだったんだけど。いいかいネル。今日とあしただけ。それだけおねがいできるかな。あさってには、ぼくのしごともおわるから」
「わかった」
うれしくもなくかなしくもないようすでネルがいいました。むしろひょうしぬけをしたようすで、ご主人さまがわらいました。ネルのほうもほおがまっ赤になりました。
よるのとばりがおりはじめたころ、ネルはマッチばこをふくろにつめこんで、ご主人さまのみおくりをせにうけました。かぶきどおりはちょっとあるいたらすぐつきます。きのうとおなじ人がおおくあるくみちのすぐそばで、ネルはマッチをうりはじめました。
それから、いそがしい、でもけっかには何ものこらないじかんがすぎていきました。マッチはネルのうしろにうずたかくつまれています。今日もまたゆきがふりはじめました。ネルのあつい手のひらがこごえてきました。もういたくはないようでした。かぜもふきだしました。ふぶきのよるは、そとに人がでません。ネルはどうしていいかわかりません。
「あれだけ、じしんまんまんにでてきて、わたし何をやっているんだろう……」
ネルはかえりたいきもちでいっぱいでした。でもここでかえったらご主人さまにあわすかおがありません。くるしいくるしいよるでした。
「おい、そこでなにをしている!」
いきなりおとこがネルにどなりました。びっくりしてネルはぴょんととびはねました。
「わたしはここでマッチをうっています。わたしのいえにはお金がありません。お父さんもひっしにはたらいているのですが、それでもまだ足りないのです。ここでマッチをうってかせがなきゃいけないんです」
おとこはくろいぐんぷくをきて、こしにサーベルを下げていました。
「じゃあおまえは、“いえなき人”のなかまなんだな」
「いえちがいます。わたしはちゃんといえにすんでいます」
おとこはといかけをひていされて、カンカンにおこりました。このぐんぷくをきた人たちはエリートで、いうことをきかない人たちがだいきらいなのです。
「なに! ほんとうは“いえなき人”のくせに、うそをついてしょうばいしようとはどういうことだ! たいほしなきゃならん。……でもこどもをたいほしてもしょうがないからな……」
「じゃあおゆるしを……」
「ならんならん! そうかんたんにしょうばいしてはならんほうりつがあるのだ。今日はもうかえれ!」
いよいよおとこはふっとうしたやかんのようにげきこうして、ネルにむかってどなりつけました。おとこはこうやってうさばらしをするのが、とてもすきなようです。でもネルにはわからないのです。ここであやまってかえるふりをして、おとこが行ってからまた、何くわぬかおでうりはじめてもばれないのですが。
「そんなこといわれてもこまります。わたしのいえにはどうしてもお金がひつようなのです。どうかおゆるしください」
おとこはいよいよ、かんにんぶくろのおがきれました。サーベルのえをつかんで、ひきぬこうとしています。ネルはおそろしくなってなきだしました。こわくなってめをつむりました。いえ、きぜつしてしまったのです。
それからどうやっていえにかえったのかネルはしりません。ふとんにねころぶと、すぐになみだがまくらをぬらしました。体はぐったりとしていて、うごきません。さむさにふるえるげんきもないようです。ふとんにくるまってやっと、くるしそうなひょうじょうがゆるみました。ご主人さまもようやくきんちょうからかいほうされました。まだそらはすみをながしたようにまっくらでした。
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