第4話 再誕の儀式

~1~


「フゥ………………」


 茜色あかねいろ藤色ふじいろの空が広がる頃になってやっと拷問ごうもんが終わり、独房どくぼうもどされる。


「ほん、と、ひど、い」


 今回は両手両足のつめすべてをがされた。歩くだけでも激痛げきつうが走るし、横になってじっとしても慢性的まんせいてきな痛みがおそう。


大丈夫だいじょうぶか?」


 独房にいる同居人どうきょにんの一人が声をかけてくる。

 名前はレアティーズ。ボクはレアって呼んでる。中性的な顔立ちと声に、華奢きゃしゃな体つき。そして絶望することに疲れてよどんだ目が特徴的だ。

 おそらく女性なのだが、レアは男だと言った。ボクは優しい人間なので、何を言わない。


「だいっ、じょう、ぶっ」


 レアから言葉を教えられ、今は簡単かんたんな返事と単語を言えるようになった。

 ちなみに最初に覚えた単語は「生きてる」と「大丈夫」の二つ。自然に言えるようになったのは皮肉がきいてる気がする。


「そうか」


 どう見ても大丈夫ではないが追求してこない。そのひとみはすでにもう一人の同居人の方へと向けている。


「おき、る、ない?」


 ボクの言いたいことを理解し、レアは無言でうなずく。

 もう一人の同居人は老人で、名前はディミテット。愛称あいしょうはディミー、というかレアがそう呼んでる。


「まだ、ねる……?」


 彼は床に布をいただけの簡易布団かんいぶとんている。ボクが来る直前に拷問ごうもんされ、右腕と左脚を失ったそうだ。それからずっと寝たきりらしい。


「さぁ、今日も言葉を教えよう。時間が」


 物憂ものうげな表情をしながらレアは言葉をつむぐ。そんなレアに、ボクは言うべき言葉がある。


「なにっ、いっ、た、わか、るっ、ないっ…………」


 残念ながら激痛げきつうでボクの頭はまともに機能きのうしていない。ちょっと長い文章を言われると、ボクの言語機能はショートを起こしてしまう。

 

「やっぱバカだね、君」


 レアはくすりと笑いながらバカにしてきた。


「ムゥ~~~~~~~」


 ムカつく。単純にムカつく。しかし応戦しようにも、圧倒的あっとうてき語彙力ごいりょくが足りない。


くやしかったらさっさと言葉を覚えるんだな、おバカさん」


 結果けっかボクはふてくされ、レアのかわいた笑い声が独房どくぼう内に響く。


 だが悪い気はしない。苦行くぎょうを共にする、この世界でできた初めての友人だからだろうか。肉体的な苦痛はどうしようもないが、精神的な苦痛はレアがやわらげてくれた。感謝かんしゃしてもしきれない。


 でもそんなこと絶対に口に出せない。ずかしいことこの上ない。絶対に言うもんか!


 それからボクとレアは夜がけるまで語り合った。それがここでらす、最後の夜だと知らずに。



~2~



 次の日も強制労働きょうせいろうどうを終え、いつも通り拷問ごうもん用のイスに拘束こうそくされる。

 昨日はつめがされた。今日はおそらく人体の一部を切断して楽しむつもりだろう。ディミーの時がそうだったらしい。


(…………変な顔してたな)


 レアの感情をころした声とディミーのたきりの姿を思い出し、不安だけがつのっていく。


(ボクもあんな風になってしまうのかな?それとも死んじゃう?)


 それからしばらくして部屋のドアが開いた。最初にクソ野郎、次にローブを着たなぞの男が入ってきた。


(始めて見る顔……いや、お面を付けてるから顔わかんないや。謎すぎる……)


 その謎の男の後ろにクソ野郎の部下たちが続く。


『………………はい?』


 思わず声がもれる。クソ野郎の部下たちはスイッチのようなものが付いた、四角しかくい金属の箱を運び込んできたのだ。


機械きかいだよね……?)


 この世界に来てから一度も目にしていない、文明の利器。この世界の技術水準ぎじゅつすいじゅんは中世程度ではないのか?

 四角しかくい何かの装置そうちからは配線のようなものが五本あり、それぞれヘルメットと四つの鉄枷てつかせへと続いている。


準備じゅんびを始めろ」


 クソ野郎の合図で準備じゅんびが始まった。

 部下の一人がボクの頭巾ずきんがした際に、部下たちがどよめいた。少し反応がおかしかったが、いつものことなのでスルー。

 ボクはヘルメットを頭にかぶらされ、かせを両手首と両足首にはめられる。心臓の鼓動こどうが高まり、胸が苦しくなっていく。


「はやくしろ」


 クソ野郎が部下たちをかす。どうやら配線がからまったらしい。クソ野郎の顔はだんだんと真っ赤になっていき、グチグチと小言を言い始めた。

 そんな状況も謎の男はかいさず、ボクの方へけ寄り、吐息といきが聞こそうなほどボクに顔を近づける。そして耳元でなにかささやいた。


『はやく起きなよ』


(——————————————————————————え?)


 謎の男は、この世界に存在しないはずの、ボクしか話せない日本語を口にした。そして、なぜだかなつかしい気持ちにさせる、き通った声だった。


『どうし————』


「始めろ」


 クソ野郎の合図がかかり、部下が機械を起動させた。ゴゴゴゴ、と音を立て始める。


「グッ……………」


 ヘルメットと鉄枷てつかせから無数のはりがとび出し、皮膚ひふやぶる。

 

(…………………………???)


 針から何かが流れ込んでくる。冷たいような熱いような、表現できない感覚におそわれる。

 だが異変いへん突然とつぜんおこった。


「!?」


 体中が痙攣けいれんし始めたのだ。

 

「ッ…………………………」


 痙攣けいれんは次第に激しさを増し、イスのきしむ音が部屋中に鳴り響くほどにまでになった。身体がまったく言うことを聞かないこと異常事態いじょうじたいに、ボクはひどく動揺どうようしていた。

 加えて、

 

(痛みが…………………………………………ない?)


 今まで受けてきた拷問ごうもんの痛みが少しずつ感じられなくなっていたのだ。しかも痛覚だけでなく、他のあらゆる感覚が少しずつにぶくなっているようだ。


(これはマズイ…………………………!)


 少しずつぼやけていく視界、だんだんと遠くなっていく機会の駆動音くどうおん。本能が警鐘けいしょうをけたたましく鳴らす。

 ボクは意識だけは手放てばなすまいと決意したときだった。


あらがわなくていいんだよ』


 やけにき通った声が聞こえた。自分のうめき声さえ聞こえないほど聴覚がにぶくなったはずだ。

 なのになぜ、あの不思議な男の声だけが明瞭めいりょうに聞き取れた?


『これでまた、一緒いっしょにいられるね』


 そして、男がつづざまに発したこの一言で、ボクの緊張きんちょうの糸は切れてしまった。まるで木の葉が落ちるように、ゆっくりと深いねむりに落ちていく。


(あぁ—————————————そうか)


 意識を完全かんぜんに失う直前、この男の声が記憶にあるだれの声にも似ていないのに、妙ななつかしさを感じた理由を、ボクは理解りかいした。


(ボクの声だ……………………)


 それが何を意味しているのか、ボクにはさっぱりわからなかった。だけど、この奇妙きみょうなつかしさは、この世界で感じだ何よりもとうといもののように感じだ。


 


 

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