第5話「橋の上、月の下での哲学論議」
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とある町に小さな川が流れていました。
その川には小さな可愛い橋が架かっていました。
その橋は色々な人が渡りました。
しかし、どの人も暗い顔でいました。
橋はそんな人間たちがとても重いと感じていました。
ある時、橋は思いました。
人間はどうしてこんなに重いのだろう?
どうしてみんなうつむいて暗い顔をしてつらそうなのだろうか?
「このままじゃ、人間の重さで私は壊れてしまうに違いない」そうひとり呟くと、ちょうど真上に来た月が三日月顔で「大丈夫さ、君は石造りでとっても丈夫に作ってあるんだから。特に君は有名な建築家が作ったとても立派な橋なんだよ。だから人間がたくさん乗ったって壊れやしないさ」
「そうは言うが。君は僕が毎日どんな重さに耐えているか想像もできないからそう言えるんだ。今にも落ちそうな気分なんだ」
「人間の気の重さなんて、空に上がってくる溜息の比ではないよ」と月はため息をついた。
「なんだい。空にも人間の陰鬱な気が行っているのかい?」
「そうさ。ぼくから言わせれば君の方が気楽なもんさ。君は橋を渡ってくる人間の分だけしか重くならないけれど僕は空いっぱいの溜息を引き受けているんだからね」
「それは大変だ」
「そうだとも」
「どうだろう。ここはひとつ人間の溜息をなくす方法を考えるというのは」
「それは良い考えだ」と月は答えました。
「さてどうする?」
「人間の事は人間に聞くのが一番だ。次にここにやってくる人間に一つ聞いてみよう」
「そうしようそうしよう」
二人はしばらく待ちました。
しかし、人は中々来ません。
ついには月が西に沈み始めました。
「むむ、まずいこのままでは沈んでしまう。今日はここまでのようだ」
「そのようですね。どうしますか。人が来たら僕が聞いておきますか?」
「私も人と話したい。話し合いは私もいるときにしてもらいたい」
「それではまた夜に会いましょう」
「そうしましょう」そしてまた一日が始まりました。
今日も重苦しい顔をした人々が橋を渡って行きます。
そして日が傾き夕暮れ時になると東の方に月が現れました。
「やぁやぁ。どうだい?」
「相変わらずだよ。今日もみんな暗い顔をしていたよ」
「今日は人間と話せればいいのだけど」二人はまた待ちました。
その間とくに何もすることが無いのでお喋りをしていました。
「時に月さん、あなたは空はため息で満ちていると言うが、具体的にはどんな溜息なんだい?」
「うむ。どこかに行きたくないとか、あれをやりたくないとか、そういうものだ」
「言葉はわからないんですね」
「ああ、溜息の雰囲気はわかるのだけど、具体的な言葉はつかめない。そういう君はどういう風に重さを感じているのだい?」
「僕の場合も似たようなものです。こう、漠然と足が重いというか、動きたくないみたいな・・・」
「なるほど、僕たちは同じような感じを感じているらしいね」
「そうみたいですね。だとしたら不思議ですね。行きたくないのにどうして人間は向かうのでしょうか?」
「そうだ。不思議だ。行きたくないなら行かなければいい。そうすれば、橋が重くなることもないし、空が重苦しくなることもない」
「人が来たらこの先に行かないように止めてみるのはどうだろう?」
「それはいい考えだ」
それから少し経ったとき人が現れました。
小さな女の子です。
「そこの君」と橋が声をかけました。
女子は人のいないところから声がしたので驚きました。
辺りを見渡しても誰もいません。
当たり前です。
「僕はここだよ」と橋は言いました。
女の子はきょろきょろと辺りを見渡します。
「僕はこの橋さ」
「橋・・・?」
「橋だけではないよ。月もいる」女の子は空を見上げました。
「やぁ、お嬢さん。初めまして。私は月だ」
「あはは橋と月が喋るなんておかしい」
「橋だって喋るくらいできる。お喋りじゃないだけさ」
「月だって話すことくらいできる。一人で考え事をしている方が性に合っているからあまり話さないだけさ」
「じゃあ二人は私に何の用なの?」
「それなんだがな」と二人は経緯を話しました。
「なるほど」と女の子は頷きました。
「どうだい君。人間はどうしてこの橋をそんなに辛そうに渡るのか知っているのなら教えてくれないか?」
「そうね。たぶん、この先にろくでもないことが待っているって知っているからじゃないかしら」
「ロクでもないこととはなんだい?」
「色々よ。この橋の向こうはひどい世界なの」
「君はなぜそれを知っているのだ」
「私は橋の向こう行ったことがあるから」
「教えてくれ、橋の向こうには何があるんだ?」
「ここと変わらないわ。人間が住んでいる町があって人が生活しているだけ。ここと変わらない」
「なんだい。ただ、引っ越ししているだけだってのかい?ならなんであんなにうかない顔なんだ」
「簡単なことよ。生きるってこと事体に疲れてるってだけ。この町はそれを少しだけ忘れさせてくれる町なの。だからみんな現実に帰るのが嫌のだわ」
「現実?現実とはなんだ?」
「本当の世界の事よ」
「本当?この世界にニセモノもホンモノも無いぞ。ただあるがままだ。君は何を言っているのだ?」
「今分かったの。これは夢の中だって。だっておかしいわ。月や橋がお喋りするなて」
「さっきも言ったが出来るがやらないだけだ」
「ええ、そうね。この世界ではね」
「まぁ、この話はいい。疲れているというのは現実と言うのはつらい場所なのか?」
「この町に来る人たちにとってはそうでしょうね」
「ならば、なぜ人は戻るのだ?」
「生きているからじゃないかしら?」
「嫌なのに生きるのか?」
「生きるのが嫌だから死ぬって、そんな簡単じゃないのよ人間は」
「なるほど」
「ま、生きてりゃ良いこともあるって考えもあるしね」
「人はなぜ現実を生きるのだ?辛いのならばこの町にずっといればいい。そうすれば、橋がきしむことも、空が溜息で満たされることもない」
「なぜかしらね。わたしにもわからないわ。ただ、みんな諦めてないからなんじゃないかしら」
「諦めない?」
「戦ってるの」
「戦う?人間は何と戦っているだ」
「・・・んー世界?」
「世界とは大きなものと戦っている。それならばあの重さも理解できる」
「確かにそれほど大きなものと戦っているのならば、あのため息も納得だ」
「二人は人間をどうしたいの?」
「少しでもこの橋を渡るとき軽い気持ちになってほしい」
「溜息が少なくなればいい」
「それじゃあさ。こういうのはどう?」
女の子は橋と月に自分のアイディアを託すと自分も橋を渡って行きました。
今日も人々は橋を渡ります。
月も橋もそれを見ています。
今日も、人々の顔は浮かない暗いものです。
だから二人は言うのです。
「いってらっしゃい」と。
そういうと人々の何人かはそれに気づき前を向くのでした。その時、橋は少しだけ重さが軽くなるのを感じます。月は「ほ」っという息を感じます。それは疲れから出る溜息ではなく、気合を入れなおすような一息なのでした。
今日も、目覚めるために橋を渡る人々に彼らは応援をします。
人々の反応は薄いですが、橋と月はなぜかとても清々しい気分で人々を見送ることが出来るのでした。
●了
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