第4話「それを言えれば」
●
階段を上っている。
階段が続いている。
ずっと。
ずっと上の方まで。
まるで果ての無いように見える。
灯りは等間隔で置かれたランプだけ。その割には辺りはよく見える。
暖かな光に照らされるのは、まるでヨーロッパの古城のような石でできた回廊だった。
赤い絨毯が敷かれている。
階段は螺旋状で同じところをぐるぐる回っているような気分になる。
どれくらい上っているのか、もうわからない。
下を向きながら、ひたすら足を動かし続ける。
不思議と疲れがない。ただ、漠然とした疲労がある。肉体的な疲労ではない、精神的な疲労だ。これが後どれくらい続くのかわからないという事への不安。
と、扉だ。
扉の前にはイスと机。
「またか」と声が出てしまう。
僕は椅子に座った。
机には一冊の本。
と言っても、雑誌だ。
クロスワードパズルの雑誌。そこらへんに転がっているような何の変哲もない雑誌。
しかし、この古城のような回廊には不似合いなものだった。
クロスワードパズルはあるページが開かれている。僕はそれを解くために座ったのだ。
このクロスワードを解かないとこの扉は開かないらしい。これまで何回もこれと同じことをしてきたからもうお馴染みだ。
このパズルは奇妙なものだった。
普通は単語を書くものだが、これは違う。
ここ数か月の出来事。それもその時どう思ったか。なんてことを埋めていかないといけないのだ。
「髪型を褒めるのを忘れたのは●●●●いたからで●●はなかった」
こんな具合に文章があってその穴埋めをする。これクロスワードである必要あるのだろうか?
僕の回答は「髪型をほめるのを忘れたのは『見惚れて』いたからで『悪気』は無かった」だ。
ドンドン埋めていこう。
疲れていて君の気遣いに気付けなくて●●と思ってる。
「悪い、と」
一緒に暮らすためにお金をためているのを内緒にしてるのは●●●●●から。
「驚かしたい」
がちゃり。と扉が開く。
また、階段を上る。
扉が開くたびに僕は少しは期待しているのだ。この階段ではない光景が広がっていることを。
外なり部屋なり、とにかく階段でない場所に行けることを。
動くものと言えば自分の影だけ。
悪いと思っているのだ。
彼女には。
確かに色々と言い訳はある。
でも、そんなことは理由にはならない。
わかってる。
「少し休んだら」と君は言った。
そんなに疲れた顔をしていたのだろうか。
でも、今働かないと、君と一緒に居れない。
僕の仕事は不定期で、仕事がある時にやらないといけない。この状態がずっと続くと考えるほど僕も甘くはない。だから少しでも仕事をして蓄えないと。それに君と一緒に暮らしたい。そのためにも金が要る。金が。金が。
金が。
何をするにも。
金が。
いるんだ。
「私はお金と一緒に居るわけじゃないよ」
そんなこと言ったって。
僕は不安なんだ。
甲斐性がないのが。
こんな僕が君を。
幸せにできるか。
自信がない。
また扉だ。
机とイス。
クロスワードパズル。
仕事ばっかりで君に会えないは●●●。
「寂しい」
君のことを考えないで、●●●●●●●●●一杯一杯になってかっこ悪いとこばっか見せて本当に●●●●。
「自分の事ばっかりで」
「本当に嫌になる」
扉が開く。
また、階段。
だんだんとこの階段のルールが分かってくる。
これは僕に反省させるためのものだ。
君とけんかしてしまった後悔がこの無限回廊なんだ。
だから僕が反省しない限り終わらない。
反省している。
悪いと思ってる。
心の中では。
なんどもあやまってる。
それでもこの階段は終わらない。
君は僕にはもったいない。
こんないい人が何で僕なんかと?
君は僕といて楽しいのだろうか?
君は僕といて幸せなのか?
僕は君を幸せにできるのだろうか?
違う。
そうじゃない。
こんなことが言いたいんじゃない。
本当に言いたいことは違う。
本当に伝えたいことは違う。
本当は。
あやまりたいんじゃない。
悪いと思っているという事でもない。
違う。
僕は。
僕が本当に言いたいことは。
そこで目が覚めた。
「・・・ん」どうやら眠っていたようだ。
ここは閑古鳥か・・・?
ノートパソコンの画面は真っ黒。スリープモードになっていた。1、2分の眠りではないみたいだ。
いったい何を見ていたんだろう。
もう思い出せない。
何かひどく疲れて。
ずっと誰かにあやまっていたような気がする。
僕はPCを起こす。
画面には書きかけの小説。
そこはあるセリフで止まっていた。
主人がヒロインに告白する場面。
それがどんな場面になるのがいいのか考えていたんだ。
彼女のためと言って一人で全部抱え込んだ主人公が断罪される。けれど彼女はそれでも彼のそばにいる。それに対して主人公が言うべき言葉。
それを探していた。
それは一体なんだろう?
「悪かった」?違う。
「ごめん」?違う。
そうだ。
マイナスの言葉なんて彼女は聞きたくないだろう。
だったら。
「あ」
単純なことなんだ。
きっと。
何で忘れてたのだろう。
こんな簡単な言葉を。
「ありがとう」と「愛してる」
僕はキーを打った後すぐに君に電話した。
●了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます