第3話「映画鉄道で寝る」

 「鉄道映画」なるものがあると大学の友人から聞いたのは就職活動真っ只中の時だ。

 友人曰く、列車の走る映像がただ流れるだけの映画で見る人が見れば面白いのかもしれないが殆どの人にとっては無関係な作品だとのこと。

 じゃあ、なんでそんな話をしたのかと言うとこれにはある噂話がくっついているからだという。

 噂の言う所。

 曰く、この映画とても眠くなるのだという。電車の走る、ガタンゴトンという音が眠気を誘うらしい。しかし、この眠気に勝利して最後まで見るとなんと「銀河鉄道」が走っている映像が見れるのだという。そしてそれを見れた者は幸せになれるというのだ。

 フザケタ話だ。

 大体銀河鉄道なんて縁起が悪いではないか。

 そんな噂話を子小耳にはさんでから数週間。僕は就活卒論就活卒論とめまぐるしく忙しかった。

 しかもこれが全くうまくいかないと来た。

 心身ともにボロボロ満身創痍と言っていい。

 しかし、体はあらかじめ決められた通りに動く。もう自分の意思とは関係がなかった。

 手帳に書いてある通りに動く。

 十一時から●●ビルで面接。

 それが終わったら図書館で卒論の資料調べ。

 家に帰って履歴書を作る。

 明日は履歴書や自己PR、面接対策の就活ガイダンス。

 その後に就職課で相談。

 手帳は黒い文字で予定が書きこまれている。

 赤い字で特別に重要な部分が丸してある。

 その日は十三時から会社の説明会。

 H町の●●ビルの予定。

 僕は三十分前に着くように家を出た。

 二着買ったリクルートスーツはもうくたくた。

 さすがに着慣れたけれど、会社に入ったらこれを毎日着ないといけないと思うと辛い。

 H町までは電車で三十分、乗り換えがないので少し休める。

 幸い座ることが出来た。最初ぼくはスマホでこれから向かう会社のホームページを見ていた。別に今初めてみるわけじゃない。最終確認だ。

 会社概要。

 企業理念。

 社員構成。

 お約束みたいに作られたページをスクロールしながら、小さいメモ帳にきのう書いた質問を見る。

 これって意味あるのだろうか?

 そんな虚しいことを考えていると、うとうとしてしまった。

 気が付くと知らない駅にいた。

 「J坂病院前ぇ次はJ坂病院前ぇ」J坂病院?どこだ?

 スマホで調べようと思ったが電源が切れていた。

 こんな日に限ってモバイルバッテリーを持ってくるのを忘れていた。

 仕方ないので車内の路線図を見るとJ坂病院前駅はH町から十駅も先に行ったところにあった。

 スマホが使えないので時間もわからず、遅刻の電話も入れられない。

 万事休す。

 「はぁあああ」と深く溜息。

 とりあえず次の駅で降りてすぐ反対の電車に乗るしかない。

 ほどなくして電車は駅に着いた。

 人は少ないがいた。

 高校生とサラリーマンと赤ん坊を背負った母親。

 僕は駅に降りて次の電車の時刻表を見た。

 「・・・って今が何時かわからないと意味ないじゃないか」と遅まきながら気づく。こんなことなら腕時計を買っておけばよかった。

 仕方ないので時計を探してエントランスに向かった。

 「六時・・・」改札の前に置いてあった丸時計は六時を指していた。さすがにこれではどう言い訳もできない。

 「・・・はぁ」凡ミスに嫌気がさす。

 一応次に来る電車を調べると20分後とあった。

 スマホも使えない。

 鞄には筆記用具と今日の会社の資料だけ。

 去年までは出かける先には必ず暇つぶしの文庫本を一冊は入れていたのにいつの間にかそれもしなくなっていた。

 20分。

 何かをするには短すぎるし。

 ただ漠然としているには長すぎる時間だった。

 「・・・」さっきから時計をにらんでいるが一向に進まない。

 「・・・」もしかしたらあの時計は壊れているのかもしれない。そう思ってみたが、今時間を知る方法はあれしかないのだから信じるしかない。それに壊れてたらさすがに外すなり故障中とか書いておくだろう。

 しかし、今回は凡ミスだった。自分が嫌になるような。寝過ごすとか。ホントあり得ない。馬鹿か。自分で自分を責める声だけがやたらと響く。

 自分の間抜けさを自分であげつらい、思い出しては嫌気がさして、そんなことを続けたくないのに、心が勝手にそんな言葉を作り出して責め立てるのだ。

 早く挽回したい。

 そう思うも、電話が使えないのでじっと待つしかない。

 しかし、じっとしていると自分を罵倒する声が聞こえる。

 「・・・はあ」溜息しか出ない。

 そんな時。

 「本当にこの町であっているんだろうな?」となにやら話す声が聞こえた。

 僕のほかに人がいない改札前にいつの間にか二人の男が立っていた。

 何やら話している。

 誰もいないので筒抜けだ。

 「間違いないですよ。これまでの上映場所のことを考えれば次はこの町で間違いないです」

 「しかし、映画館なんてこんな町にあるのか?」

 「ありますよ。この地図を見てください。この町に一つだけあるんです」映画?なぜか妙にその単語が耳に残った。

 そして次の言葉で驚いた。

 「鉄道映画は今夜この町で上映されるはずです。間違いありません」

 その時になって友人に聞いた噂話を思い出した。

 二人は地図をしばらく見ていたがやがて改札を出て行ってしまった。

 僕はその時「しまった」と思った。

 なにが「しまった」なのかわからなかかったがそう思った。

 何か。

 何かを取りこぼした。

 取り逃した。

 そんな後悔と喪失感。

 いや、まだだ。

 僕は消えた二人を追って改札を出た。

 それほど時間が経ったわけではない、むしろすぐに後を追ったはずなのに二人の姿は見えなかった。

 また凡ミスだと思ったが。

 二人の行先はわかっている。

 映画館だ。

 しかも、あの話が本当ならば、それはこの町に一つしかない。

 それほど探すのに苦労しないだろう。

 僕はまず駅前にあった地図を見た。

 すると簡単に映画館は見つかった。

 距離感はつかめなかったけれど大体の方向が分かったのでメモ帳にそれを書いた。

 街はひっそりとしていた。

 J坂病院前駅というだけあってJ坂というものが駅を出てすぐの場所にある。

 そこを上ると病院らしいが映画館は逆側だった。

 僕は日が沈みかけた見知らぬ町を一人歩いた。

 街に人気は無く、ともすれば不気味だったが何故かそうは感じず、むしろ心持は軽くウキウキしていた。

 さっきまでのふさいだ気持ちが見知らぬ町の探検と言う小冒険に年によらずワクワクしていた。

 ポツリポツリとある家家はまるで人気が無く、作り物のようだった。

 そういえば夕日もそろそろ沈むころだというのにさっきからその位置を動いていないように感じた。本当に時間が進んでいるのか?

 しかし、時間を確かめるすべはない。

 不気味な街に妙な高揚感を抱きながら進むと映画館が確かにあった。

 映画館というと大きい物を想像するけれど、それは最近のシネコンの影響でこの映画館はまるで昭和の無声映画でもやってそうなほどレトロな感じだった。

 入口には窓口があり券が売られていた。窓口はなぜか顔が見えない仕様になっており声からその奥にいるのが女性であることはわかったが年まではわからなかった。

 「鉄道映画大学生一枚」

 「次の上映は十分後です」と言う声と券が渡された。

 僕は映画館に入った。

 そこは町の中と違って明るかった。

 僕以外にも数人人がいた。みなくたくたに疲れ切った顔をしていた。

 さっきの二人の姿は見えなかった。

 「鉄道映画只今より開場いたします。シアターにお集まりください」アナウンスに呼応するように人々は動き出した。しかしゆっくりとした動きだ。

 扉の前で半券を切る。シアターの中に入ると温かみのある光にぼうっとスクリーンの白が浮かび上がっていた。

 席は自由席でみな勝手に座っていた。

 小さい映画館だったが人も少ないのでガラガラだった。

 ゆったりとしたイスに深く腰を下ろすと、なぜか重い荷物を下ろした気分になった。

 このまま眠ってしまいそうになる。

 それでもいいかと思う。

 僕がうつらうつらとしていると知らぬ間に映画が始まっていた。

 映画は噂に違わず単調で、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 確かに眠気を誘う。

 僕は「ガクン」「ガクン」と舟をこぎながらしかし意識を失うわけでなく映画を見ていた。

 時折懐かしい物を見た気になった。

 「ああ」そうだ。

 僕はこの電車を知っている。

 あの電車も知っている。

 よくよく見ると僕はどの電車も知っていた。

 そういえば僕は。

 忘れていたけれど、僕は昔電車が好きだった。

 昔は仕事で忙しかった両親の代わりに祖父と一緒にいろんな場所に電車の写真を撮りに行ったものだ。

 まぁ僕の電車好きはあの年頃の子供にはよくある「好き」だったので電車が好きだったのは本当に一時期だ。子供の興味は移ろいやすい、僕はすぐに変身ヒーローが好きになった。

 そうやって年を重ねて今は何が好きなんだろうか?

 祖父はもともと写真が好きで定年後はデジタル一眼レフを買って色々なものを撮って回っていた。僕の電車好きが始まったのはこの頃だったので祖父も孫に付き合っていただけじゃなく自分も楽しんでいたのだろう。

 そんな祖父も僕が大学に受かったのを聞いた後すぐに亡くなってしまった。

 噂ではこの映画の終盤には銀河鉄道が出てくるという。

 銀河鉄道とは縁起が悪いと思ったけれど。

 もし噂が本当ならば見てみたい気がした。

 もし本当にそんなものがあるなら、じいちゃんに会えるかもしれないと荒唐無稽なことを思ったのだ。

 「まぁなんだな。難しいよな」声が聞こえたが不思議な感じはしなかった。むしろ当然と言う感じがした。

 「じいちゃん」

 「お前さんも大変だよな。今の時代は特にな」

 「じいちゃんの子供の時の方が大変だったでしょ」

 「そりゃ、その時々で大変だろうよ。だからってそれを自慢するような生き方はしたくはないだろ?」

 「そうだね」

 「一生懸命生きることと忙しさに追われて生きることはな。似ているが違うんだ」

 「俺、頑張ってたんだけど、駄目だったのかな?間違ってるのかな?」

 「そりゃ自分にしか出せん答えだよ。でもま、年よりに言えることがあるとすれば。ただ、生きるだけじゃ人間は生きているとは言えないってことだろうかな」

 「どういうこと?」

 「飯食って、くそして、寝て、仕事して。それの繰り返しじゃ、ただ生きているだけだ。それはイキていることにはならないんだな」

 「でも生きるってそういうことじゃないの?」

 「わしは気づくのが遅すぎたんじゃ。ただ生きるだけじゃ、駄目なんだ。それはただ生きているだけで本当に生きているとは言えない。それはあまり幸福とは言えない」

 「生き甲斐とか遣り甲斐とかそういうこと?」

 「それは近いが、ちとちがう」

 「わからないよ」

 「焦らなくていいんだ。間違っていいんだ。というか間違うことでしかわからない。わしだってなんで気づいたかっていうと、ずっと働いてきたからだ。でも疑問は常に持たないといけない。これでいいのか?おかしくないか?とな」

 「もう十分おかしいと思ってるよ」

 「でも、自分が何をしたいかはわからんのだろう?」

 「うん」

 「自分の名前をまだ知らんのだよ。それは。つまりそういうことだ」

 「名前?」

 「自分がやりたいことを知っているってことだ。でもそれを知っている人間は少ない。大体の人間はただ生きて死ぬだけだ。それはそれで幸せであるが。見たところお前さんはそれが嫌そうに見える」

 「・・・もうどうしていいかわからないんだ」

 「失敗していいんだ。もっというと逃げていい。仕事なんて嫌になったらやめてしまえばいい。無理して病気になってもだれも責任とってくれんからな」

 「でも、そんなこと繰り返してられないだろ?」

 「そうだなーでもそうやって社会と自分がどうかかわりたいかを学んでいくしかないんだよ。最初からすべてわかるってのは無理な話だ。

 ぶつかって、限界を知って、だからこそ自分の理想が見えてくる。それは他人に言葉で教えられるもんじゃないんだ」

 「でも」

 「まぁ、疲れたら休んでいいんだよ。無責任なこと言ってるように聞こえるかもしれないけどな。疲れてるっていうのは体が休めって言ってるんだから。人間はそうやって自分の体調を測ってきたとわしは思う」

 「俺疲れてたのかあ」

 「ここに来たってことはそう言うことだよ。でももし、自分でそれが分からないなら。わしが言ってあげるよ。

 お前さんは休んだ方がいいよ」

 目が覚めた。

 「・・・」ここは・・・?

 「次はH町ぃH町ぃ」降りる駅のアナウンスだ。

 僕はカバンを持って立ち上がろうとした。その時。

 「休みなさいな」と声が聞こえた気がした。

 電車がホームに入り扉が開いて人々が乗り込み閉まり発車した。

 僕は座ったままぼうっとしていた。

 「・・・」時計を見るとまだ時間的には間に合う。

 けれど。

 僕は次の駅で降りて電話をかけた。

 「体調が悪いので今日の説明会には行けません」すいませんと何度か言って電話を切ると、空が思ったよりも青く広かった。

 その空気を思いっきり吸い込んで吐き出すと、体が軽くなった気がした。

 ふと実家に帰ってみようという気になった。

 祖父の位牌に手を合わせたくなったのだ。

 ついでに昔とった鉄道の写真を見たいと思った。

 そこにもしかしたら何かあるかもしれないと。何の根拠もなくそう思った。


●了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る