第3話 身近な山田史上最高の山田との遭遇

▼0-3 プロローグ.③


 ──そんなわけで、昼休みの俺は琴ノ橋さんの頼み事という憂鬱を抱えて教室へ戻ったのだ。

 席は教壇から見て最後列、窓際から二番目。昨日のLHRで席替えしたばかりの新しい場所だ。後ろの人を気にしなくていいしロッカーも近いし、くじ運は良かったと言えるだろう。

 しかし、その俺の席には先客がいた。

 隣の椅子とくっつけられて、俺の左隣の席の女子が寝転んでいる。それだけじゃなく、その女子は俺の右隣の席の女子のふとももに頭を乗せていた。膝枕だ。

 つまり、三つの椅子を寄せてベッド代わりにして、右端の席の主に膝枕をしてもらいながら寝転んでいる女子がいた。

 ──俺の左隣の席の同級生、山田雨恵やまだあまえだ。

 染めているのではないらしい奇麗な亜麻色の長髪、愛嬌をたたえつつ整った顔立ち。体型がスレンダーなせいか、制服が人形の服のようにだぶついて見える。

 そんな山田さんは横寝になって心地よさそうに目を閉じ、安らかな寝息まで立てている。なぜか裸足で、呼吸に合わせて足指が緩やかに閉じたり開いたりしていた。

 傍から見れば微笑ましいのかもしれないが、俺には途方に暮れる状況だった。他人の席を勝手に使っている山田さんが悪いのは間違いないのに、しかし、こう幸せそうに眠っている女の子を起こすのには、なんだかむやみに勇気が要る。

 俺はロッカーのバッグから取り出した弁当箱を持ったまま立ちつくした。

 しかし幸いにして、彼女の枕になっている女子が、俺が困っていることにすぐ気付いてくれた。読んでいた本から顔を上げ、

「あ、ごめんなさい……」

 律儀に俺へ謝ってから、膝に乗せた山田さんの頭を両手でつかんで揺さぶる。ハンドボールでフェイントをかける時のような、乱暴なシェイクだ。

 ちょっと驚いたが、彼女らの関係ならそんな粗雑な扱いもおかしくはない。


「起きてあめ。戸村くん帰ってきたよ」

 むゅ……と唇を歪めて、夢現の水面で息継ぎしている山田さん。それを起こしている彼女もまた、山田さんだった。双子の妹の山田雪音やまだゆきねだ。

 顔立ちは当然よく似ている。もっとも、こちらの髪は耳が垂れたタイプの犬を思わせるショートカットで、ちょっと見にも見分けが付かないということはない。

 特に今は眼鏡をかけているせいもあって、寝ぼけた顔をふにゃふにゃさせている姉より格段に知的に見えた。

 そうしてふにゃふにゃした顔のまま、ようやく姉が目を覚ます。膝枕に頭を乗せたままぼーっと妹の顔を見上げ、それからその妹に目顔で示されて俺に気付いたようだった。

「あぁ……となりの」

 寝起きのけぶったような目付きで見上げられ、不覚にもどきりとする。その直後に小さくよだれをすする音がしなければ、うっかりときめいていたかもしれない。

「そうだよ、隣の席の戸村くんだよ。早くどいてあげて」

 妹は容赦なく姉のおでこをぴしゃりと叩いたが、姉はなかなか腰を上げない。

「いやぁ、ごめんねぇ……昼休みになるなり出てって、なかなか帰ってこないから、他ン教室とこで友達と食べてるのかと思って」

 ……自慢ではないが、他の教室どころかクラスにもまだまともな友人はいない。今日は琴ノ橋さんたちが教室から出て行くまで──彼女らは、それこそ別のクラスだか学食だかで昼休みを過ごしているようだ──身を隠していたくてトイレへ避難したのだ。

「うん……これから食べるから、席、空けてくれるかな」

 そろそろ食べ始めないと午後の授業が始まってしまう。俺も遠慮なく退去を求めた。

「そっか。ふぁ……ごめんごめん……」

 山田雨恵はあくび混じりに言って、寝たままんーっ……と伸びをする。真っ直ぐ伸ばされた素足の先で、びっくりするほど小さな爪が真珠に似た光沢をしていた。

ゆきのふとももがあんまり気持ちよかったもんでね……」

 その雪音いもうとの膝に手を当ててうっそりと体を起こす雨恵。思わず雪音の脚に目をやりそうになって、なんとか自制する。姉の言葉通り、妹は痩せ形の姉とは対照的にふわふわと柔らかそうに発育している。

 ──このように、ギャルというほどではないが言動がチャラくていい加減な姉と、真面目で読書家でついでにスタイルのいい妹。顔は似ているが性格は真逆。それが1年B組の山田姉妹だ。

 髪の長さで判別が容易だとはいえ、同じクラスにいるだけでもややこしいのに、男子一人をはさんで直近の席になってしまっている。

 そして、この仲が良いのか悪いのかよく判らない姉妹に挟まれているのが俺、戸村和だった。姉が妹に今日の弁当の中身を尋ねたり、妹が姉のだらしない授業態度をしかったり、俺を頭越しにした会話が一日中続いて非常に据わりが悪い。


 ──昨日の授業中にあった一幕を例に挙げよう。

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