第29話 王の資質

※※※


 翌日、カナワ火山はいつになく騒がしくなっていた。


「――ぽち、つかまえたっ!」


 リリアと一緒になって山の窪地を駆けまわるのは、件のポンコツたち。久々に城以外の場所でリリアと遊べて嬉しそうだ。


 そんな眷属の様子を、リクたちは離れたところから見守っていた。


「ほっほっほ、楽しそうにしおって」

「まっ、たまには外の空気も吸わせてやらないとな」


 いつもお留守番では寂しかろう、ということで、ミラのゲートを利用し連れて来たのだ。ここカナワ火山ならば十分な広さがあるし、人間にも魔族にも襲われる心配はない。しかも……


「はーい、ゴームちゃんの整備終わったわよ~! 次はポチちゃんの番ね~」


 と、アンヌが抱えてきたゴーレムは、以前と違いぴかぴかになっている。鍛冶を司る魔王にとって、無機物系魔族の整備はお手の物。殺風景なこの火山も、リクの眷属たちにしてみれば高級リゾートというわけだ。


 ――今日はいわゆる『休養日』である。


 と、そんな時、リクはふと背後に迫る気配に気づいた。


「ん……?」

「あわわっ……!」


 振り向くと、咄嗟に身を隠す人影。……が、岩陰から銀色のアホ毛がぴょこぴょこはみ出ている。


「なんだよ、お前も遊びに来たのか?」


 リクがそう声をかけると、岩陰から少女……ラピスがおずおず顔を出した。どうやら騒ぎに釣られてやって来たらしい。


「そ、そんなわけないです! お、お昼寝の邪魔だっただけで……」

「だから昨日言ったろ? 騒がしくなるって。……本当にうるさければ静かにするように言うけど……」

「べ、別に、もういいですっ! 目も覚めてしまったので!」

「そうか、そいつはありがたい。……あ、なんなら一緒に遊んでくか?」

「な、なんでラピスが遊んであげなきゃいけないですか! お守りは御免です!」

「はは、だよな」


 とひとしきり笑って、リクはそのままパロたちの方へ戻っていく。……その反応に、ラピスは逆に驚きの表情を浮かべた。


「え、そ、それだけ、です……?」

「ん? 他に何か用でもあったか?」

「い、いえ、別に……」


 交わされたのはあっさりした世間話だけ。昨日までは嫌だと言っても構ってきたのに。「諦める」という言葉は嘘ではなかったらしい。もちろん、寂しいなんて思ってはいないし、むしろしつこい勧誘から解放されて清々している。……しているのだが、やっぱり少しだけ……


「……なんだその顔? もしかして……誘って欲しいのか?」

「んにゃっ?! そ、そんなの、あ、有り得ないですっ!」

「ははは、冗談だって。明日には俺たちもいなくなる。あとちょっとだけ我慢してくれよ」

「そ、それは、まあ、いいんですが……その、えっと……そう、武器! 武器は大丈夫なんです? ラピスが行かなきゃ、困るのでは……」

「ああ、それなら心配ない。一応アンヌさんに使いやすい鋼の剣を鍛えてもらったからな。何の能力もない普通の剣だけど、それが分相応ってやつだろ。駆け出し魔王はここからだ」

「そ、そうですか……そ、それじゃあ、えと……」


 と、ラピスが次の話題を探していると、二人の後ろからとてとて駆けて来る足音が。


「りくー! はやくーっ!」

「ああ、わかったわかった、すぐ行くって。……それじゃあな、ラピス。お前も気が向いたらこっち来いよ!」


 次期女王様に呼びつけられては仕方がない。幼女に手を引かれるがまま、リクはポンコツたちの方へ。


「……むぅ」


 残されたラピスはちょこっと唇を尖らせる。なんだか置いて行かれた気分だ。……いやいや、そんなわけはない。たかが一週間で情が移るほど甘い女ではないのだ。


(ら、ラピスはちょろくないのです!)


 なんて鼻息を荒くしていたその時、背後から声が。


「――すまんのぅ、うるさくして」


 振り返ればそこには、いつの間にかセラとパロが立っていた。


「うちの馬鹿が無礼を働きはしなかったか?」

「嫌なことがあったらわしらに言いつけるのじゃぞ。ちゃーんと叱っておくからのぅ」

「あ、えと、その……べ、別に……」


 急に声を掛けられて、おどおどと首を振るラピス。助けを求めるようにリクの方へ視線をやるも、当の本人はポンコツたちとじゃれ合っている。なんとも間の抜けたその姿からは、何の威厳も感じられない。


 自分を置いて行った恨みも相まって、ラピスは思わず呟く。


「あの人、本当に王なんです……?」


 すると、セラとパロは顔を見合わせて笑った。


「ほっほっほ、そうじゃのぅ。まず間違いなく王の器ではないのぅ」

「ああ、代理とはいえあんな唐変木に従わねばならんとは、まったく不本意極まりない」

「そ、そうですか……」


 家臣にここまでこき下ろされるとは。呆れを通り越して少々哀れに思うラピス。……だが、二人の言葉にはまだ続きがあった。


「……ただ、あやつは必要とされないものの心を知っておる。弱きものの気持ちを理解しておるのじゃ。それが存外、『王としての資質』というやつなのかも知れんのぅ」

「お、王様の……資質……」

「ふん、へたれなだけだろう」

「おやおや、厳しいのぅ。ヴィルバムートの城では一番に飛び出したというのに」

「だ、だからそれは違う! あいつに死なれては面倒なだけだ!」

「ほっほっほ、そういうことにしておこうかのぅ」


 セラたちの雑談を聞きながら、ラピスは目をぱちくりさせていた。

 確かに言葉そのものは辛辣だ。けれど、そこに本当の悪意や嫌悪はない。眼前の二人にしろ、向こうで遊んでいる眷属たちにしろ、本物の居場所を見つけたかのような穏やかな表情をしている。それがなんだか、ラピスには羨ましいように思えて……


(そ、そんなわけないのですっ!)


 ラピスはぶんぶんと首を振った。きっと今はまだ本性を現していないだけだ。彼女たちだっていずれは裏切られるに決まっている。人間なんてそんなものなのだ。


 ――ラピスがそう自分に言い聞かせていた時、平穏な空気を一変させるような事件が起きた。

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