第27話 魔剣少女は引きこもり


 夜の帳が降りてから数刻。人も獣も、植物さえも甘くまどろむ時間帯。カナワ火山内部に広がる洞窟もまた、優しい静寂に包まれていた。草木も眠る丑三つ時では、火山さえも寝息を立てるらしい。


 ……だが、そんな静寂を打ち破るかのような、小さな小さな足音が一つ。


 ゆっくりと、人目を忍ぶように、足音はある一室に滑り込む。そして辺りに置かれた木箱の蓋を開けると、がさごそと中を漁り始め……


「――よお、こんばんは」

「んにゃっ?!」


 ナレーションごっこを中断した俺は、隠れていた扉の影から声をかける。すると、夜半のコソ泥は間抜けな声をあげるのだった。


「な、な、な、なんですかあなたっ!」


 と大慌てで叫ぶのは、寝間着姿の銀髪少女――ラピス。この『食糧保存庫』でこっそり漁っていたお宝(大量のお菓子)を抱えたまま、ささっと箱の影へ逃げ込む。警戒心全開でじーっとこっちを睨むその姿は、野生の子猫さながらだ。


 わかる、わかるぞ。俺も親戚が家に来ている間はいつもそんな感じだった。


「驚かせて悪いな。ほら、俺、さっきの……」

「……アンヌさんのお客さん、です?」

「おっ、ちゃんと覚えててくれたか」

「ふ、ふんっ! こ、こんな夜中に待ち伏せなんて……へ、へ、へ……」

「『変質者』?」

「そ、それです!」

「あー、わかる。久しぶりに人と喋ると頭の中の文字をうまく読めないんだよな~」

「そ、そうなのです! ……じゃなかった! へ、変質者さん! あっちへ行ってください!」

「変質者じゃないから、落ち着けって」

「? でも今、自分で言ったですよ?」

「いや、お前の代わりに言っただけだから……」


 素直な性格らしいが、どうやらあまり頭の方はよろしくなさそうだ。


「ともかく、俺は怪しい者じゃ……」

「そ、そんなこと言って、どうせラピスを連れ出しに来た人でしょ? ラピスはお見通しなのです!」


 おっと、意外に鋭いな。引きこもりは自分の安寧を乱す者に敏感である。


「まあその通りなんだが、一応話だけでも……」

「ラピス知ってるです。そー言ってまるめこもうとしてるです」

「おお、よくわかってるな」

「ふふん、ラピスは賢いので」


 ラピスは渾身のドヤ顔を浮かべる。


「そっかそっか、なるほどなあ。お前の賢い話、もっと聞かせてくれるか?」

「いいでしょう! 特別にラピスの……ハッ!」


 自慢話を始めかけて、ラピスはぱっと口を押える。こちらの狙いに気づいたらしい。


「そ、その手には乗らないですよ! ラピスは賢いのでっ!」


 なかなかガードが固いじゃないか。


「そう言うなよ。っていうか、まずは自己紹介だよな。俺は黒野……じゃないや、リク=クロノ。一応【荒野と捨てられたものたちの王】をやってる。まっ、代理だけどな」

「王の……代理……?」


 興味をそそられたのか、ラピスのアホ毛がぴこっと反応した。


「おっ、興味あるか? ならもっと聞かせてやるよ」

「っ! い、いえ、別にっ!」


 と言いつつ、アホ毛はまだぴょこぴょこと動いている。もう一押しすればもっと話を深められそうだ。

 だが……俺は扉から少し離れた。


「そっか、邪魔して悪かったな。ほら、戻っていいぞ」


 しょっぱなから追い詰めたって仕方がない。今日のところはこんなもんだろう。時間はあるのだから、ゆっくり行こう。


 けれど、なぜかラピスは箱の影に隠れたまま、こっちをじっと睨んでいる。


「おい、どうした? 道は開けてやっただろ?」

「……罠です?」

「罠じゃないって」

「……本当です?」

「本当だって」

「……ほんとのほんとにです?」

「ほんとのほんとにです」

「……ふむ」


 それでようやく納得してくれたらしい。恐る恐る隠れ場所から出て来たラピスは、たたたーっと駆けていく。……が、運動不足のせいだろうか、途中でつまずいて抱えていたお菓子をぶちまけてしまった。


「おい、落ちたぞ」

「うぅっ……」


 落としたナッツの瓶を差し出すと、その場でぴたりと硬直するラピス。

 『俺のことは嫌いだけどお菓子は欲しい』という葛藤が、とてもわかりやすく顔に出ている。なんともまあ素直な奴だ。


「にしても懐かしいなあ。俺も親の目盗んで夜中に飯調達してたっけ。独特の緊張感あるよなあ」

「う、うぅ……」

「あ、でも夜中にナッツ系は太るぞ? っていうか、そんなに食うのか?」

「うううううう!」


 そして数秒の逡巡の後、腹は決まったらしい。


「ら、ラピスは――食いしん坊じゃないですっ!!」


 軍配はお菓子に上がったようだ。俺の手からぱしっとナッツの瓶を奪い取ると、ラピスは大慌てで駆けて行った。……言葉と行動が矛盾している気もするが、そこには何も言うまい。


「なるほどな……こいつは骨が折れそうだ」



※※※※※



 かくして幕を開けた引きこもり厚生計画……もとい、ラピス勧誘大作戦。そこから先は持久戦であった。



 【一日目】



「なあ、ドア開けてくれよ。俺の知ってるとっておきの面白い話を聞かせてやるからさ」

『嫌です。聞きたくないのです』

「しゃーねーなー、じゃあここで話すわ」

『自分で話す前にラピスの話を聞けです』

「実は昔、俺んちの隣が猫を飼っててさ」

『興味ないです』

「その猫はいつ見ても庭先で昼寝してたんだよ」

『だから興味ないです』


「だけどある日な、ふと見たらいつもの庭じゃなくて塀の上で寝てたんだ」

『……だ、だからなんですか。興味ないって言ってるです』

「んでまた次の日になると、今度は屋根の上で寝ていやがる」

『……だんだん上がって……はっ! こほん、興味ないったらないのです!』

「さすがにおかしいなと思った翌日には、とうとう煙突の上だ。もうこれ以上あがるところはない。んでどうなるか楽しみにしてたんだけど、なんと次の日は――!」

『ごくり……!』


「――いや、悪い。やっぱやめよう。こんな話興味ないもんな。ってことで、じゃあな、また明日来るわ」

『へ……? ふ、ふん! とか言って待ち伏せしてるに決まってるですよ! 気になって追いかけてきたところを捕まえるつもりです! ラピスにはお見通しなのです! ……お、お見通しなのですよっ! ……あれ? ほ、ほんとに行っちゃったですか? え? つ、続き……続きは……?』



 【二日目】



「そういやさ、俺この前やべー話聞いちまったんだよ」

『もうその手には乗らないです』

「いや、お前も聞いとけって! 命にかかわる話だぞ!」

『ふふふ、必死ですね。もうラピスには効かないというのに! 愚かです! 無様です! ふっふっふ――』

「なんでもさ、最近……《妖怪ぼっち隠し》っていうおばけが出るんだってよ」

『――ふうっ!? お、おばけ……です……?』


「ああ。なんでもな、引きこもりの部屋に住み着いては、主が寝ている間に部屋の物を勝手に動かすんだそうだ」

『はっ、そういえば心当たりが……い、いえ、そんなの嘘です! おばけなんていないです!』

「いやそれがマジなんだって! つーか、俺の眷属にもいるし、枯れ木のおばけ」

『あぅ……で、でも、ラピスは、その、おやつとか食べに外に出てるので、セーフかと……』

「どうやらパジャマのまま外に出たのはノーカンらしいぞ」

『ひっ……で、でも、お布団は安全地帯なのです! 危なくなったらお布団に入れば……』

「そうそう、最後には布団の中に入って来て闇の中へ引きずり込むんだとか」

『あわわわわ……へ、へへん! そんなの嘘です! 作り話です!』


「…………」

『ぜ、ぜんぜん怖くないですよ! ラピスは子供じゃないので!』

「…………」

『ちょ、ちょっと、まだそこにいるですよね? な、何か言えです……!』

「…………」

『うぐ、ひぐ、ら、らぴすは、ひぅ、ぜんぜん、ひっく、こわく、うぅ、ないですぅ……!』

「あ……す、すまん、さすがにやりすぎた……」



 【三日目】



「――くぅ~うめえ! この肉たまんねえな!」

『……あの』

「――ん~、野菜も最高!」

『……あの~』

「――この魚脂のりすぎぃ!」

『……あのっ!』

「お? なんだよいたのかラピス~、どうした?」

『どうした、じゃなくて……部屋の前でバーベキューするのやめてくださいです』


「おいおい、そうケチなこと言うなって。あ、それともあれか? 本当はお前もまざりたいんだろ?」

『だ、誰がそんなこと……』

「まあそうだよな~、だってこーんなにうまいバーベキューだもんな~」

『うっ……』

「ほら、香ばしい匂いもたまんねえだろ~?」

『ううぅっ……!』

「肉が焼ける音なんてもう最高だよなあ~?」

『あうううぅっ……!』

「でも来ないのか~、そうかそうか~、そいつは残念だな~、こーんなにうまいのにな~、っか~!」

『ぐぬぬぬぬ……外道です。ドクズです。腐れ野郎です』

「はっはっは! 悔しかったら出て来てみやがれ! あーはーっはっはっ――」


『――あっ、おい馬鹿者! 洞窟中が煙で大変なことになっているぞ!』

『――ふもとの村では噴火の前兆ではないかと大騒ぎじゃ!』

『――りくー、まりあんぬおこってるー!』


『…………』

「…………」

『……馬鹿なのです?』

「返す言葉もない」


――――……

――……

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