第26話 『暴食の魔剣』
――――……
――……
「――ったく、なんなんだよあいつ、人の顔ガン見しといてなんも言わずどっか行くとか……」
「くくく……一目で貴様の変態っぷりに気づいたんじゃないか? くくくく……」
「まあまあ、乙女心は繊細じゃからのぅ。気に病むでないぞ、リクよ」
「りく、どんまい!」
「おい、勝手にフラれたことにするな!」
どいつもこいつもなんて失礼極まりない奴らなんだ。俺は憤慨しながらアンヌへ問う。
「で、実際誰なんですか、あれ?」
「あら、言ったでしょう? 彼女がラピスちゃん。――あなたにお勧めの魔剣よ」
「へえ、魔剣ねえ……えっ? いや、でも、今の人間じゃ……?」
「ノンノン、外見だけですべてを決めちゃダメよ? 強い力を持つ魔装にはね、時に意思が宿るものなの。そして中でも殊更に強力な魔装は、本来のものと別の姿を得ることもある。っていうか、実例なら今あなたの前にいるでしょ?」
そう言ってアンヌは悪戯っぽく笑う。その言葉で、先ほどアンヌに手を握られた時のことを思い出した。あの時、最後に幻視した一振りの大剣――もしかしたら、それがアンヌの本当の姿なのかも知れない。
「あ、でも勘違いしないでね? アタシは幻とかじゃなくてちゃんとした実体よ? 武装形態のアタシも、こうして話しているアタシも、みーんなアタシ。たとえるなら……『表情』と同じかしらね。怒った顔、笑った顔、泣いた顔……それぞれ全然違うけど、どれも同じ本人の顔でしょ? どっちが本当とかじゃなくて、どっちも本当ってこと。もちろん、真の力を引き出すには武装形態が一番なんだけどね」
と、アンヌはなんだわかるようなわからないような、微妙な例えで説明する。
「だけどね……私は彼女の悲しい表情しか見たことがないの」
「えっと、それってどういう意味で……?」
「文字通りの意味よ。あの子は……ラピスちゃんはね、そんじゃそこらの魔剣とは格が違うの。大昔の冒険者の間では『暴食の魔剣』なんて呼ばれたりしてね。その力は《王の秘宝》にも匹敵すると謳われていたわ」
それってつまり、『庇護者の法衣』と同じレベルの魔装ということか? 普通の女の子に見えたが、恐ろしいポテンシャルだ。
「だけど、ラピスちゃんはあまりに強力すぎたの。その途方もない力に惹かれて、多くの冒険者が彼女を求めた。けどね、彼女を扱えた人間は一人としていなかったわ。ほんの僅か触れただけで力を食われて、柄を握ることすらできないのよ。……だから、彼女は幾度も捨てられたわ。そしてそのたびに別の誰かが彼女を求めて、また扱い切れずに捨てられる。誰にも受け入れてもらえず、どこにも居場所はなく、人から人へ。それを何度も何度も、気の遠くなるほど昔から繰り返してきたの」
なるほど、そりゃ魔剣じゃなくとも足の一本や二本生やして逃げ出したくなるだろう。
「あの子がうちに来たのは数年前のことよ。ラピスちゃんがひどく傷ついていることは一目でわかった。アタシはすぐにあの子を保護したわ。だから、彼女はもう傷つかない。だけど……それだけよ。アタシが与えたのは安寧じゃなくただの停滞。ここには痛みもないけど喜びもないもの。それって、あんまりにも悲しいことじゃない?」
そしてアンヌは「だから……」と言葉を接いだ。
「あの子をあなたに託したい。もう一度外の世界に踏み出す手助けをして欲しいの。どうかしら、引き受けてくれる?」
これだけ重い話を聞かされた後では、「はいやります」と簡単に首は振れない。だが、それを乗り越えてこその王というもの。俺は力いっぱい快諾する。……いや、しようとしたのだが……
「マリアンヌ殿、気は確かですか?! よりによってこんな男に!」
「うーむ、女心がわかるとは思えぬし……ちと心配じゃのぅ……」
「やくしゃぶそく?」
「おい、お前らっ! 余計なこと言うな!」
こいつらはなぜいつもいつも邪魔をしたがるのか。ちょっとは王を敬えっての。
そんな俺たちの様子を見て、アンヌは豪快に笑った。
「大丈夫よ、ちゃーんとアタシが見たんだから。もちろん、強制はしないけど……」
「……あー、俺としても機会をいただけるのはありがたいですし、精一杯やらせてもらいます。……ただ、いいんですか? なんていうか、本当に外に出たいって本人が思ってるのかどうか……」
ラピスは普通に人の心を持っていると言っていた。だとしたら、当人がいないところで勝手に決めるのはまずいのではなかろうか。
「ふーん、要するに……『あの子に外の世界を見せたい』っていうのがアタシのわがままだって言いたいわけね?」
「えっ、い、いや、そこまでは……」
「ふふふ、いいのよ、その通りだもの」
アンヌは気を悪くした様子もなく微笑んだ。
「リクちゃんの言う通り。これはみーんなアタシのわがまま。だけどね、それでもアタシはあの子に幸せになって欲しいの。魔剣として、人として、女の子として。おせっかいと言われようが、横暴と罵られようが、そんなもの知ったこっちゃないわ。魔装として産まれたすべての命は、等しく幸福になるべきなのよ。……あ、これ、アタシの王としての持論ね?」
こうして話していると忘れそうになるが、マリアンヌもまた紛れもない魔王の一柱。彼女にも貫き通すべき王道があるのだ。
「でも良かった、あなたがそれを言える人間で。まっ、やれるだけやってみてちょうだい。あなたたちの部屋は用意しておくから」
「は、はい……」
※※※
かくして俺たちは部屋へと戻った。この巨大洞窟は蟻の巣と同じ構造になっていて、無数の通路と部屋が連なってできている。あてがわれたこの部屋もその一つだ。
「それで、どうするつもりじゃ?」
「引き受けた手前、できませんでは困るぞ!」
「やすうけあい?」
腰を下ろして早々、詰め寄って来るパロたち。議題はもちろん、いかにしてラピスに心を開いてもらうかについてだ。
「まあ落ち着けよ。まずは一回話してみてからだ。性格もわかんないんじゃ作戦も何もないだろ?」
「む……一理ある。ではそうだな、まずは我々で接触しよう!」
「そうじゃの、同性同士の方が何かと話しやすいじゃろう」
「りりあも、おはなし!」
と、みんなして頷き合うが、俺はそこに待ったをかけた。
「……いや、まずは俺に任せてくれないか?」
「き、貴様にか……?」
「お世辞にも女性の扱いが上手そうには見えぬが……」
「だいじょぶ?」
三人の言う通り、俺は女心なんてさっぱりわからないし、異性を口説き落とした経験もない。もちろん、向こうから言い寄られるなんて夢のまた夢。その点、パロなら同じ長命の種族のようだし、セラに関しては同じ人間嫌いだ。リリアは置いとくとしても、共通点の多さで言えば二人に任せるのが妥当だろう。だけどな、俺にも一つだけラピスとの共通点があるんだ。
外の世界に出たがらず、洞窟に閉じこもって日々を過ごす――これって要するに「ひきこもり」ってことだろ? ってことはだ、真正ヒキニートだった俺と同じじゃないか。
「へへへ、『餅は餅屋』ってな。ひきこもり厚生はこの俺に任せとけ……!」
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