第25話 魔剣の乙女

――――……

――……


「ほーら、座って座って。遠慮なんてしちゃだめよ~?」


 世にも恐ろしい、と噂の魔王が棲むカナワ火山。その洞窟内にて、俺たちはなぜか可愛いピンクの大テーブルについていた。


 ちなみに、眼前では三メートル級のサイクロプスがふりふりのエプロン姿で料理を運んでいる。悪い夢でも見ている気分だ。……っていうか、あんたさっきは20メートルぐらいあったよな? いつの間に縮んだんだ……?


「んふふ、準備完了! 今日も最高の出来ね! さ、ごはんにしましょ!」

「あ、えっと、その……【金床の王】、さん……?」

「ノンノンノン、言ったでしょう? アタシの名前は『マリアンヌ』。アンヌと呼んでちょうだい!」

「ア、ハイ……アンヌさん……」

「うんうん、良い子ねえ! アタシ、素直な男の子は好きよ~!」


 ちなみにこのサイクロプス、どう見ても男である。だがまあ突っ込みは後だ。今は聞きたいことが山ほどあるのだから。


「えっと、俺たちのことをなぜ……?」

「見ればわかるわよ~、その法衣、アムネスちゃんのでしょ? 最近後継者が承認されたって話も聞いたしね。一目でピンときちゃったわ! まっ、女の勘ってやつかしら?」


 突っ込まないぞ。


「えーっと、ってことは、やっぱり先代のお知り合いで……?」

「‘知り合い’ィ?」


 と、急に男声になるアンヌさん。ぎょろりと動く瞳が怖すぎる。ヤバイ、何か地雷踏んだか? だが、どうやらそうではなかったらしい。


「あのねえ、アタシとアムネスちゃんは‘知り合い’なんてもんじゃないわ。私たちは――‘マブダチ’よっ!!」

「は、はあ……」

「ほら、アタシたちって、『使う者』と『使われる者』じゃない? だから色々と心が通じ合ったのよ。女同士ってこともあるしね~」


 絶対に突っ込まないぞ。


「でも、だからこそ信じられないわ……アムネスちゃんが殺されるだなんて。あんなに強い子が……」


 と、アンヌは悲しそうに目を伏せる。そこに思わぬ横槍が入った。


「え?! あ、アムネス様って強かったのですか……?」


 などと素っ頓狂な声を上げたのは、あろうことかセラだ。……お前が聞くのかよそれ。


「お前、眷属なのに知らなかったのか?」

「し、仕方がないだろう!」

「わしらもアムネス様が戦っている姿など見たことがなくてのぅ」

「りりあもしーらない!」

「ふふふ、そりゃそうよ。あの子は平和主義者……ううん、単純に戦いに興味がなかっただけね。アムネスちゃんが好きだったのは、可愛い女の子とギャンブル、それからお酒と悪戯ぐらいだもの」


 なんつーか、聞けば聞くほどロクなやつじゃないな。


「ただ……強かったわよ、あの子は。アタシもそこそこ古株だからね、いろんな魔王や人間に会って来たわ。だけど……未だかつてアタシを使いこなせたのは彼女だけよ」


 アンヌは何かを思い出しているかのようにうっとり瞳を閉じる。だが、その言葉の裏には二度とは会えない寂しさが滲んでいた。……マブダチというのはあながち誇張ではないらしい。だとしたら、是が非でも聞かなければならないことがある。


「アンヌさん、先代を殺した犯人について、何か心当たりはありませんか? 誰かに恨みを買っていたとか……」

「さあ、どうかしら。心当たりを探れば……正直、数えきれないほどあるわ。あの子、トラブルメーカーだったから。……だけど、あの子を殺せる力を持つ相手、と考えるとそう多くはないかもね。恐らくは最近話題の転移者か、もしくは――別の王、とか」


 アンヌの瞳が意味深に光る。……が、すぐにいつもの調子に戻ってしまった。


「まあなんにせよ、手がかりは持っていないわ。ごめんなさいね」

「そうですか……」


 何かを隠すようなタイプには見えないし、捜査はここで打ち切りだ。


「ところで、アタシに会いに来た理由は情報集めだけなのかしらん?」


 と、何やら訳知り顔で微笑むアンヌ。実を言えばその通り、本題はここからである。


「えーっと、実はですね……俺に武器を譲っていただけないかと……」

「ふふふ、だと思ったわ。もちろんオッケーよ! アムネスちゃんの可愛い後輩だものね!」


 予想外に快諾してくれたアンヌは、「ただし」と付け加えた。


「その前に、手を見せてちょうだい。ふふふ、そんなに警戒しなくて大丈夫よ、取って食ったりはしないから。……多分ね」


 最後の一言が気がかりだが、今更びびってはいられない。俺は大人しく手を差し出す。すると、アンヌは握手でもするかのようにその手を取って――刹那、ばちりと静電気のような感触が奔った。と同時に、頭の中におかしなイメージが流れ込んで来る。


 ぐつぐつと煮えたぎるマグマ、厳然とそびえる巌、怒涛の如くなだれ落ちる滝――次々と浮かび上がるのは、強大にして圧倒的な力の奔流。その中に放り込まれた俺の意識は、天地の感覚さえ失って瞬く間に力の渦に飲み込まれていく。そうしてついには自分の名前すら思い出せなくなった頃、俺は確かに見た。地中の奥深く、溶岩の中でなお真っ直ぐに屹立する、一本の大剣――


「――ありがとう、もう十分よ」


 その声でハッと我に返る。気づけば手は離されていた。

 今のビジョンは白昼夢? それとももっと別の……


「ふふふ、あなたもちゃーんとアタシを見れたみたいね。大したものだわ、さすがはアムネスちゃんの後継者!」


 と、アンヌは一人で納得して笑う。何が何だかわからない、だけど一つだけはっきりしたのは、このネタキャラにしか見えない魔王もまた、底知れぬ力を内に秘めているということ。そしてアムネスはこのアンヌさえも御することができたという。


 なるほど、先代の背中はまだまだ遠いというわけか。


「えっと、アンヌ殿? それでこやつの武器の件は……」

「ええ、大丈夫よ。ちゃんとこの子のことは見えたから。アタシに任せなさい!」


 今のがテスト……だったのかはわからないが、なんにせよ合格だったらしい。俺は内心ガッツポーズを決める。


「じゃ、じゃあ早速、作成お願いしても大丈夫っすか……?」

「もちろんよ! もうすんごい魔剣作っちゃうから、ちょっと待っててね!」


 と、頼もしく胸を叩いて見せるアンヌ。

 なんだろう、このとんとん拍子で話が進んでいく感じ。もしかして俺は今、この異世界に来て最も順調なのではなかろうか。


 だが、その幻想は一秒後に打ち砕かれることになる。


「そうね……ほんの五十年ぐらいでできるかしら」

「……は? 五十年?!」


 何てことなさそうに付け加えられた一言に、俺はぎょっと飛び上がった。


「うふふ、早すぎてびっくりした? 自慢じゃないけど、アタシってば造り手としても超一流なのよ~!」

「あ、いやそうじゃなくて……五十年も経ったら、俺もう爺さんになっちゃうんですけど……」

「あら? ……ああ、そういえば、人間って百年ぐらいしか生きられないんだっけ? やだも~、アタシのうっかりさん(はーと)!」


 『かっこはーと』じゃねえっての。


「じゃ、じゃあ今あるものの中から見繕ってもらうでも……ほ、ほら! そこにあるやつとか……!」


 代替案として、俺は天井を指差す。そこには(なぜか)無造作に突き刺さった短剣が。その青白い刀身からは絶えず冷気が放たれている。


 先ほど聞いた話によると『氷の魔力が込められた霊剣』だそうだ。クーラー代わりに使っているのはいかがなものかと思うが……ともかく、ああいうのが一本あるだけで、各段に戦闘力が増すはず。


 他にも、『炎を生み出す斧』(コンロ代わりに使われていた)や、『風を発生させる槍』(こっちは扇風機役)など、洞窟の中では幾つも魔装を見かけた。家電製品代わりに使ってるだけなら、俺が持って行ったってそこまで困りはしないだろう。


 だが、アンヌはとんでもないとばかりに首を振るのだった。


「ダメよ、ダメダメ! あなたとは相性が悪いわ! うまくいきっこないじゃない!」

「あ、相性……?」

「そうよ。『道具』と『使い手』っていうのはね、お互いのフィーリングが大事なの。特に強力な魔装になればなるほど、使い手との相性が大切になるわ。もちろん、あなたの能力があれば大抵の魔装は強引に従えることができるでしょう。だけど、それじゃあダメなの。歪なままの関係はね、本当に必要な時に壊れてしまうもの。大切なのはお互いの気持ちなのよ。そう、恋と一緒ね……ウフ」


 恋うんぬんの部分はさっぱりだが、アンヌの言わんとすることはなんとなくわかる。魔卿僉議においてヴィルバムートの宝石を強制起動したあの時、宝石自体に激しく抵抗された結果ひどく体力を消耗した。一度限りの大技としてはよくとも、常用するなんてとても無理だ。


「だからこそ、道具との相性はきちんと見極めなくちゃダメなのよ」

「見極める、って……でも、どうやって……」

「安心なさい。このアタシがついてるんだから。……ふふふ、実はね、あなたにぴったりの子がいるのよ」

「『子』、ですか……?」


 俺は人間じゃなくて武器の話をしていたはずなのだが……本当に大丈夫なのか?

 なんて訝しんでいたその時、こちらに近づいて来る小さな足音が聞こえて来た。


「あら、ベストタイミング! やっぱりあなたってば、持ってるわねぇ!」


 やたら上機嫌に笑うアンヌ。その間にも、小さな足音は刻々と俺たちの部屋に迫って来る。

 そうしてとうとうその主が現れた。


「さあ、紹介するわ――ラピスちゃんよ!」


 アンヌの紹介と同時に入って来たのは、小柄な銀髪の少女。透き通るような雪白の肌に、星空の如く輝く瞳、精巧な造り物と錯覚するほどの完璧な美貌――どこか神秘的な雰囲気を纏うその美少女は、部屋に入るや引き寄せられるように俺の方を見る。


 まるで最初からそう決められていたみたいに交じり合う二人の視線。そうして少女は小さく瞬きすると――何も言わぬまま、くるりとUターンして去って行った。


「……え?」

「あら、フラれちゃったわねぇ」

「ええええええ???!!」

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