第23話 祭囃子を背に
――――……
――……
「――おーい、料理足りてるか~?」
「――ほら、じゃんじゃん持ってけ!」
「――ええーい、蔵にある酒も全部だしちまえ!」
エミリアによる魔王討伐劇から四半時。村は大変な騒ぎのるつぼと化していた。店という店が開放され、蔵という蔵から酒が持ち出される。子供も、大人も、老人も、村をあげてのどんちゃん騒ぎ。収穫祭だの地鎮祭だの、普段のちゃちなお祭りとは規模が違う。
まあそれも当然だろう。何百年もの間続いてきた魔王の支配から解放されたのだ。村人たちにとってはまさに一生に二度はない歴史的な瞬間。ここで騒がずしていつ騒ぐというのか。そしてその中心にいるのは、言うまでもなく転移者姉妹。もう神様仏様って具合でもてなしを受けている。
そんなどでかいパーティの中、俺はというと……
「りく、みっけ!」
「こんなところにいたのか」
「探したぞぃ」
俺は一人、村の端っこでタダ飯にありついているのであった。……いや、だって、転移者と顔合わせたくないし。『庇護者の法衣』の隠蔽スキルがあるから大丈夫だとは思うが、万一俺が魔王だなんてバレたりしたら、冗談じゃ済まない事態になるだろう。
「どうした、何か用か?」
「いや、そういうわけじゃないのだが……」
「姿が見えなかったので、ちと心配でのぅ」
「りくー、あげるっ!」
と、リリアは自分の皿から特大ステーキを俺にくれる。こんなに幼いのに他人のことを気遣えるとは、なんていい子なのだろう。俺なんて小学生ぐらいになっても今日の晩飯のことしか考えてなかったというのに。
「ははは、こいつは食いでがありそうだ。……ほら、向こうにお菓子配ってる店があるぞ。行って来たらどうだ?」
「おだいじんっ!」
「あ、りりあ様、お待ちを!」
おいしそうなりんご飴めがけて一目散に駆けていくリリアと、さらにその背中を追うセラ。こういうところは年相応だ。
その小さな背中を見送っていると、パロが隣に腰かけてきた。
「どっこらしょっと……」
「ん? お前は行かなくていいのか?」
「ほほほ、老体には休憩が必要なのじゃよ」
のんびりと答えたパロは、それからまるで会話の続きでもするかのようにささやいた。
「リクよ、あまり考えすぎるでないぞ」
「……何の話だ?」
と俺はそっぽを向くが、パロはお構いなしに続ける。
「【豊穣の王】や転移者の強さは、ともすれば眩しく見えるやもしれぬ。……じゃが、世の中には力以外の強さもあるとわしは思う。だから……あまり考えすぎぬことじゃ」
穏やかな口調で、諭すように語るパロ。なんでか知らないが、俺を心配してくれているらしい。それにしても『考えすぎるな』か。
そいつは……無理な相談だ。
大空を埋め尽くすほどの虫を操る【豊穣の王】と、それをはるかに凌駕した転移者の力。それを一番近くで目の当たりにしたのだ、否応なく理解してしまう。
――俺は弱い。誤魔化しようもなく決定的に。魔王としても、転移者としても。
『弱者の言葉に価値はない』と、アゼリアはそう言っていた。確かにその通りだ。どれだけ声を上げようと、力が伴わなければ意味がない。いや、そんなこと現実にいた時から知っていた。あの頃は引きこもっていれたからそれを感じずに済んだだけ。だけど今は……守らなきゃいけない奴らがいる。
「……そうだな、あんまり気にしないことにするよ」
俺はそう言って笑う。仮にも王様がウジウジしてちゃ、家臣もげんなりしてしまうだろう。……が、どうやらパロにはお見通しだったらしい。
「はぁ……まったく、我が主様は嘘がへたっぴじゃのぅ」
と溜息をついたパロは、それから決定事項みたいな口ぶりで言った。
「では、夜が明けたら会いにゆくとするかのぅ」
「『会いに』……って、誰に? っつーか、どこへ?」
「そんなもの決まっておるじゃろう? ――ほれ、あそこじゃ」
パロが指さしたのは、夕闇に鋭くそびえるカナワ火山。
「前に言ったじゃろ? あそこにいるのは【金床と錆びゆくものたちの王】じゃ。……名前からだいたい想像がつかぬか?」
「カナトコって……なんだっけ? なんかマイ○ラで聞いたことあるような……」
「まったく、察するのもへたっぴじゃのぅ……金床というのは鍛冶で使う台のことじゃ! 要するに、【金床の王】は魔装を司る王なのじゃよ。どうじゃ、興味が湧いたじゃろ?」
俺の力は【
このタイミングでそんな都合の良い魔王が近くにいるなんて。これは偶然なのか、それとも誰かに仕組まれた必然か。何にせよ従う他に道はない。運命を自分で切り開く力さえ、今の俺にはないのだから。
そう、世界を征服する力なんて欲しいとは思わない。だけどせめて……俺たちがここにいると誰かに聞いてもらえるぐらいには、強くならなければ。
「――そうだな、行くか。目指すはカナワ火山だ!」
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