第19話 魔王の役割


 転移者、だって?


 反射的にパロたちの方を見れば、冒険者勢と同じように驚愕の表情を浮かべている。どうやらマジらしい。そういえば、俺が召喚された時も『目が違う』とか言っていたし、あのオッドアイが転移者の証ってことか。


 つまるところ、この姉妹こそが別天地から呼び出された人々の救世主。魔王を倒す力を持つ英雄というわけだ。そりゃざわつくに決まっている。


 転移者の登場により、波紋のごとく酒場中に広まっていく興奮。

 尊敬と畏怖の眼差しを一身に浴びる少女は、並み居る冒険者たちに向けてはっきりと言い放った。


「――席、あけなさいよ。このエミリア様に立ってろって言うわけ?」


 開口一番飛び出したのは、なんとも高慢ちきなセリフ。お前は悪役令嬢か。いくら転移者だろうと流石にこの態度は……と思いきや、当の冒険者たちは我先にと席を譲り始める。まるでアイドルと追っかけファンの構図だ。


「ほら、ルーミア。空いたわよ、座りなさい。……で、料理はまだ? 店で一番おいしいフルコースを持ってきなさい。メインはお肉がいいわね。それから、デザートには甘く煮た林檎のパイね。生地は良く焼いて、うんと砂糖を入れるのよ? もちろんルーのにはシナモンたっぷりで。この子の大好物だから。ね、そうでしょ、ルー?」

「ね、姉さん、あまりわがままは……」


 好き放題命じる姉――『エミリア』を、『ルーミア』と呼ばれた妹がおずおずといさめる。だがエミリアはケラケラと笑い飛ばすのだった。


「あははは、いいのよ、ルー。遠慮なんかしなくて。だってこいつらは食事代なんかじゃ割に合わないほどの対価を手にするんだから」


 と、余裕たっぷりの笑顔で言い切ったエミリアは、それから高らかに宣言した。


「安心なさい、【蝗害の魔王】はこの私が――勇者『エミリア=シャーロット』様が倒してあげるわ!」


 瞬間、「うおおおぉおお!!!」と冒険者たちが声を上げる。その熱狂具合ときたら、アイドルなんて可愛いもんじゃない。まるでカルト教団の教祖様だ。


 きっとその熱が外まで伝わったのだろう、野次馬たちが転移者を一目見ようと続々と集まってくる。ただでさえ混んでいた酒場はあっという間にぎゅうぎゅう詰め。俺たちはもみくちゃにされながら壁際へ押し出されてしまった。


「ちょ、押すなって……!」

「むぎゅぅ」

「リリア様、私におつかまりください!」

「こ、これはたまらん、一時退却じゃ!」


 かくして店外へと出た俺たちは、ようやく一息つくのだった。


「ふう、ひどい目に遭った……」


 危ない危ない、下手すりゃただの酒場でゲームオーバーになるところだった。転移者人気、おそるべし。人々の希望の星は伊達じゃないってことか。


「にしても……おかげで飯を食いそびれちまったな」

「はらぺこ……」

「くっ、転移者どもめ……!」

「これこれ、よさぬかセラ。今は他の店を探すのが先決じゃ」


 パロの言う通り。きっと今なら他の店はガラガラに違いない。

 だが、歩き始めた俺たちの行く手に、一つの影が立ちふさがった。


「――旅のお方よ。間が悪うございましたな。さ、どうぞこちらへ」


 しわがれ声でそう誘うのは、しわくちゃな顔をした老婆。

 ……ぶっちゃけ、色々とかなり怪しい。


「まったく、お客様を追い出すなど何を考えておるのか……」

「あ、えっと、俺たち今から別の店を……」

「さあ、こちらですじゃ。お早く、お早く」


 何やらぶつくさ言いながら、ずんずん歩いていってしまう老婆。俺たちの意見はガン無視ですかそうですか。どうやらついていくしかなさそうだ。


 かくして不審なバアさんに導かれた先は、怪しげなオーラの店……ではなく、ごく普通の民家の炉端ろばたであった。


「さあ、どうぞ。すぐにお食事をお持ちいたしますゆえ、少々お待ちを」

「は、はぁ……」


 そう言い残すなり、老婆はすぅっと台所の方へと消えていく。そうして丸々二十分。気まずい思いでたっぷり待たされたのち、老婆はお盆に大量の食事を載せて戻ってきた。


「お待たせ致しました」


 運ばれてきたのは、ごはんに味噌汁、漬物と焼き魚にそれから煮物という、もうびっくりするぐらい「ザ・ばあちゃんちの晩飯」である。俺としてはもっと体に悪そうなステーキとかが食べたかったのだが……


「さあ、ご遠慮なさらず」

「あ、はい……い、いただきます……」


 と、真横から圧をかけられては食わずに逃げるわけにもいかない。つーか顔が怖いんだがこの婆さん。……毒とか入ってないだろうな?


 というわけで仕方なしに一口頬張ると……


「うまっ!」

「でりしゃす!」


 決して特別な料理じゃないはずなのに、どの料理もやたらと旨い。恐らくは素材のお陰だろう、米も野菜も現代で食べていたものとは段違いの味だ。いやあ、よく見ればこのおばあ様、可愛らしいお顔をしていらっしゃる。


 かくして俺たちは、ものの十分ほどで夕食を平らげてしまった。


「お粗末様でございました」

「あ、いやあ、ご馳走様でした、めっちゃうまかったです。……あ、そうだ、お金とか……」

「どうぞお気になさらず。孫の尻ぬぐいは祖母の仕事でございますので」


 その言葉を聞いて、俺はピンと来た。


「お孫さんって……もしかして、さっきの店の?」


 思い出すのは、魔王討伐に対する想いを熱弁してきたあの青年。よく見れば、この老婆と目元がそっくりだ。


「ええ、不肖ながら店長を務めておるそうでございます。しかし、お客様を追い出すなどもってのほか。あとできつーく叱っておきますゆえ……」

「ま、まあまあ、仕方ないですって、ほら、転移者……こほん、転移者様が来たんですからね」


 とフォローした途端、セラが非難の目を送って来る。わかってるよ、転移者を持ち上げるのが気に食わないんだろ? だけど下手なことを言うわけにはいかない。今から魔王を討伐しようとしているこの村で、俺たちが魔王だとばれたらどんな目に遭うか……


 けれど、老婆から返って来たのはまさかの反応だった。


「それがいかんのでございます! まったく、転移者転移者と浮かれおって……かような異邦の者を崇めるなどいずれ大きな災いが……!」


 何やらこの婆さん、転移者に対し明らかな反感を抱いている様子。村を挙げての歓待ムードなのかと思っていたが、どうやらそういうわけでもないのか?


 これはもう少し話を聞く価値がありそうだ。


「で、でも、転移者様って魔王を倒してくれるんですよね? いい人たちなんじゃ……」

「それがバチあたりなのですじゃ! 魔を統べる王たちは、決して我々人間が手を出してはならぬ崇高なる存在。それを打倒しようなど、なんとおこがましい……! それも、よりよって【豊穣の王】を討とうなど……!」

「【豊穣の王】……? それって、【蝗害の魔王】のことっすか……?」


 と尋ねると、横からパロが耳打ちした。


「【豊穣と食い荒らすものたちの王】――【蝗害の魔王】と呼ばれている王の正式な名じゃ」

「そうですじゃ、この世のすべては巡り巡るもの。【豊穣の王】が統べるイナゴは単なる運び手にすぎませぬ。供物を食すことで殖えた虫たちは、やがて獣に食われ山を肥やし、魚に食われ川を潤す。そうして最後にはまた稲穂へと還り、村の子らの腹を満たすのです。わしらはみな自然の中で生きおる。魔物も、人も、虫も、草木も、すべては一つの円環の中に。【豊穣の王】はその回し手なのですじゃ」


 滔々とそう語る老婆は、最後に大きくため息をついた。


「魔を統べる王たちは、確かに人の『敵』として存在しておるのかも知れぬ。じゃが……それは必ずしも『悪』ではないのですじゃ」


 悪意の塊みたいなヴィルバムートを知っているだけに、この老婆の意見に全面的に賛同はできない。だが、そうであったらいいなとも、少し思った。


 と、折しもその時、どたどたと廊下を駆けて来る足音がした。


「――あっ、こちらにいらっしゃいましたか!」


 ひょっこり顔を出したのは先ほどの酒場の青年。――つまるところ、この老婆の孫である。どうやら俺たちを追いかけて来たらしい。


「お客様、大変申し訳ありませんでした! 満席になってしまったので別の店へご案内しようとしたのですが……おいばーちゃん!! 勝手にお客様を連れてかないでくれよ!」

「何を言っておる! お前がお待たせしたせいじゃろうが!」

「こ、こっちだって手配とか色々あったんだよ! 予定より早く転移者様がいらっしゃって……」

「ふん、転移者など呼ばなければ良かったのじゃ! まったく、王を討とうなどなんたるバチあたりな……!」

「もー、またその話かよ! ばーちゃんさあ、あの本読んでからそればっかじゃないか! ご近所さんからも噂されてるぞ! ばーちゃんが魔物信者になったんじゃないかって!」

「ふん、そんなもの勝手に言わせておけばいいんじゃ!」


 という具合に、俺たちの前で展開される祖母孫喧嘩。何やら宗教じみた話まで飛び出してきたし、いよいよもっていたたまれない。


 そんな俺たちの胸中を察したのか、青年は強引に話を打ち切った。


「と、とにかく、この話は今することじゃないだろ?」


 うんうん、まったくもってその通り。見せられてる側が気まずすぎるから喧嘩は後でやってくれ。


「……こほん、見苦しいところをお見せして申し訳ございません……先ほどのお詫びも兼ねまして、皆様に宿をご用意しておきました。是非ご利用くださいませ。もちろん、宿泊料などはいただきませんので」


 なんだよ、なかなか話のわかる青年じゃないか。


 というわけでお言葉に甘えて俺たちは宿へ。ようやく一息つけそうだ。


「にしても……なんだかすげえタイミングで来ちまったな……」


 改めて考えると、魔王討伐直前の村に立ち寄るなんて間が悪いことこの上ない。まあ、バチバチに殺し合っている最中に出くわすよりはマシだと思うが。


 なんて呑気に考えていたら、パロがジト目で口を挟んで来た。


「ふむ……なにやらおぬし、他人事のような顔をしておるが……どうするつもりなのじゃ?」

「……え? 何を?」


 と聞き返すと、横からセラまで参戦してくる。


「『何を』、ではない! 貴様、何も考えていなかったのか?!」

「おぬしは魔王であり、人間であり、おまけに転移者じゃろ? 此度の騒動、どう動くつもりじゃ?」

「あ、確かに……」


 三つの陣営すべてに当てはまる身としては、置かれた立場はなんとも微妙なもの。魔王と戦うことで他の魔王と対立するのは嫌、だけど魔王側について人間を倒してもそれもまた敵視されてしまう。どう転んでもしんどい未来しか見えない。


 となれば答えはただ一つ。俺はとっておきの妙案を思いついた。


「知らない振りして帰る、とか……?」

「…………」

「…………」


 パロたちの返答は、軽蔑の込められたジト目であった。


「じょ、冗談だよ。さすがに話を聞いちまった以上、手は打たないとな! っつーわけでさ、こうしよう! 俺が行って【豊穣の王】と話す。んで、『転移者がいるから危ないぞ』って警告して、供物を例年の半額ぐらいに割り引いてもらうんだ。これなら戦いは起きないし、どっちも一応の面目は立つだろ? どうだ、完璧じゃね?」

「……実に日和見な回答じゃの」

「……事なかれ主義を極めてるな」

「りく、こうもりやろー?」

「う、うるせー!」


 俺は地球時代から平和主義者なんだっての。本来は関係ない戦いを止めよとしているのだ、むしろ感謝して欲しい。


「しかし、会うと言ってもあてはあるのか?」

「ああ、それなら考えがある。毎年供物を納めてるってんなら、その場所へ行けばいいだけだろ?」


 なんだか厄介事に巻き込まれたような気もするが、ともかく目的は定まった。あとは決行の日を待つだけである。

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