第4章 異邦から来た者たち

第18話 転移者

「ああ、足いてえ……」


 出発してからはや五日。

 俺たちは徒歩と馬車を駆使してちんまりちんまり進んでいた。


 この世界――『アルカニア』には七つの大陸が存在している(ソースはパロ)。中でも中心に位置する最も大きいものが『ローランド大陸』だ。ローランド大陸には冒険者ギルドの総本山や、人間領において最大版図を誇る『アルシュリア王国』があるらしい。先代殺しの情報を探すなら、まずはここからあたるのがベストだろう。……ちなみに、俺たちがいるのは東の端にある一番小さい『パンドラ大陸』。なんだか負けた気分だ。


 ということで俺たちは現在、ローランド大陸への直通便があるという『グラダス港』を目指していた。ただし、現実はゲームみたいにさくさくは進まない。五日目の今日、俺たちはようやく港までの中間地点である『ムジナ村』に到着したところであった。


「やっと村か……疲れた……」

「ふん、この程度でだらしがないな。リリア様を見習ったらどうだ?」

「りりあ、げんき!」

「まあそう言うでない。急ぐ旅でもないのじゃ、今日はここで休むとしよう」


 幼女に体力負けするという屈辱的事態だが、疲れたものは疲れたんだから仕方ないだろう。運動不足の引きこもりにとって五日の道中はなかなかの苦行である。


「にしても……この村、割と広いなあ。結構人いるみたいだし」

「そりゃそうじゃよ。このあたりは『パンドラ大陸』の食糧庫。世界でも有数の大穀倉地帯じゃからのぅ」


 ざっと見ただけだが、この村ムジナ村、先日訪れたアルワン村の十倍以上はありそうな規模だ。ただしすべてが民家というわけではなく、いたるところに田んぼや小麦畑が広がっている。今は小麦の収穫期のようで、たわわに実った金色の房が揺れる光景は、なんとも言えず風流だった。


「食栄えれば民肥える。それに、物騒な魔獣もおらんからのぅ。平和なものじゃ」

「へえ、じゃあこのあたりに魔王領はないのか?」

「うんにゃ、あるにはあるぞ。ほれ、あそこの山が見えるかのぅ?」


 と言って、パロは南方にそびえる巨大な山を指差す。緑の森に覆われた周囲の山々と異なり、岩だらけの地肌をあらわにしたその禿山は、頂上から真っ黒な煙をあげていた。


「あそこが【金床と錆びゆくものたちの王】が住む『カナワ火山』じゃ」

「おいおい、めちゃくちゃ近くねえか? 大丈夫なのかよ?」

「領地から出てこないタイプの王じゃからのぅ。眷属も数えるほどしかおらんという話じゃ」


 これもパロから聞いた話だが、基本的に魔王はみな縄張り領地を持っている。もちろん厳密に決められたものではないが、人間と魔族がお互い身を守るため自然発生的にできた線引きらしい。そんでもって魔族は大抵人間が住めない高山や湿地などを縄張りにしているので、そういうところではあまり争いは起きないそうだ。……ただし、豊かな土地を独占している魔族もいるにはいる。そうなるとたびたび近隣の人間領と衝突することになり、俺が想像する通りの魔物と人間の戦争みたいなことも起こるようだ。


「そういえば、【金床と錆びゆくものたちの王】はアムネス様の古い知り合いじゃったと聞いたことがあるのぅ、直接会ったことはないからわしも詳しいことは知らぬが」

「へえ、知り合いねえ……」


 『知り合い』が必ずしも『友人』でないことを俺は既に学習している。魔卿僉議の時だって、こちらを敵視するヴィルバムートや、借金返済を催促してきた【風穴と耕す大モものたちの王グラ】も知り合いといえば知り合いだった。情報を求めて会いに行けば藪蛇になりかねん。


「それから、もう一人別の王が近くにいるはずじゃが……厳密に『魔王領がある』と言えるのかどうか……」

「は? なんだそれ?」


 俺は思わず聞き返すも、その返事よりも前に別の声が背後から飛んできた。


「――おっ、あんたらも冒険者かい?」


 振り返ってみれば、声をかけてきたのは若い男。『村人A』って感じの外見だが、自分から来るとはアグレッシブなタイプの村人じゃないか。


「え? ああ、まあ……」

「そうかそうか、子供連れだしあんまり強そうにゃ見えないが……ともかく歓迎するぜ! 人手は多い方がいいもんな!」


 と、やたらテンションの高い村人A。なにやら勝手に頷いてるが、‘人手’ってなんのことだ?


「もしかして、祭りとかあるんすか?」

「ん? まさかあんたら、何も知らずに来たのか? ははは、そりゃ運がいいな! ある意味どでかいお祭りだよ! ほら、そこのギルドにお仲間が集まってるぜ! 是非参加していってくれよ!」


 村人が指さしたのは、村内でもとりわけ大きな建物。酒瓶を模した酒場のマークと一緒に冒険者ギルドの印がついている。アルワン村と同様、商業施設と合体しているタイプのギルドらしい。


 色々気になることはあるが、とりあえず勧められた通りギルドの扉をくぐる。ちょうど腹も減っていたところだしな。


 すると……


「――おーい! ビール、もう一樽追加だ!」

「――なんでもいいから肉、五人前!」

「――もっと詰めてくれ、入れねえぞ!」


 人、人、人、人の波。暖簾をくぐった瞬間、ものすごい熱気が押し寄せて来る。小学校の体育館ぐらいの広さの酒場が、大の男たちでごった返しているのだ。それも、全員が全員武器を携えた冒険者だ。どうもただ事ではないらしい。


「な、なんだこれ……?」

「だいはんじょう?」


 なんてあっけに取られていると、店員と思しき若い青年が近づいてきた。


「いらっしゃいませ! 冒険者様ですね?」

「あ、ああ、一応そうだけど……あのさ、何の騒ぎだこれ?」

「? もしや、告知を聞いていらしたのではないのですか?」


 俺たちが揃って頷くと、青年はにっこりと微笑む。そして、とんでもないことを口にした。


「一言で申し上げますと――『魔王討伐』です!」

「ま、魔王って……あの魔王か?!」

「ええ、我々はこの度、憎き【蝗害こうがいの魔王】を打倒すべく冒険者様のご助力を募ったのです!」


 と、胸を張って答えた青年は、何やら長くなりそうな話を始めた。


「御覧の通り、このあたりの『ネブラス平原』は穀倉地帯。魔物もおらず平和で豊かな地です。……けれど、それは見かけだけの話。毎年この時期になると【蝗害の魔王】が現れ、収穫した作物の半分を供物として要求してくるのです。この平原に存在する村は我々を含めて四つ。【蝗害の魔王】は毎年順番に村を回って来るので、四年に一度は他村の援助を受けながらひもじい冬を越すことになるのです。無論、逆らえば魔王は激怒し、配下のイナゴの大群を差し向け大規模な蝗害を引き起こすとされています。大昔にはそれで村が一つ丸ごと潰されたとか……」


 【蝗害の魔王】とやらは特定の領域を持たず渡り鳥のように周遊するタイプか。パロが言いかけていたのはこいつのことなのだろう。それにしても『定期的に現れては人間に供物を要求する』なんて、昔話に出てきそうな実に魔王らしい魔王じゃないか。


「【蝗害の魔王】による支配は、もう何百年と続いています。生まれた時からそうだったから、と年長者の中には諦めている者も多い。だけど、私はどうしても我慢ができなかったんです。毎日毎日必死で育てた作物を横から奪われるなんて、我慢できるはずがないじゃありませんか……!」


 俺からすれば『殺されないですむなら食い物ぐらい渡してやれよ』と思うが、まあそれは部外者だからこその感想だろう。暴力にものを言わせて搾取されるなんて、誰だって腹が立つに決まっている。


「そんな時、私はある噂を耳にしました。別の大陸では、次々と邪悪な魔王が討伐されている、と。そしてついには先日、この大陸でも魔王討伐の報が届いたのです!」


 高揚気味に語る青年に対し、セラがあからさまに顔をしかめる。……頼むからここで暴れたりしないでくれよ。


「その話を聞いて、私は目が覚めたのです。そう、私たちは打ち勝てる! 魔王の支配から自由になれるんですよ! だから他の村と話し合い、大規模な討伐隊を集めたんです! 順番からして、今年魔王がこの村に来るのは間違いない。この村で【蝗害の魔王】による暗黒の歴史を終わらせるのです!」


 と、青年はたぎる意志を熱弁する。……が、俺は思わず呟いてしまった。


「魔王って……本当に倒せるのか……?」


 今現在この村に集まっているのは、どう甘く見積もっても100人前後。確かに少なくはないと思うが……あのゴラムの力を目の当たりにした俺としては、些か以上に役者不足を感じざるを得ない。


 だが、青年はなぜか余裕たっぷりに笑うのだった。


「ご心配ですか? はは、そうでしょうね。当然です。魔王とはこの世で最も強大な存在ですから。……ですが、問題ありません。我々には秘策がありますので」


 もったいぶって微笑む青年。いいから早く教えろっての。

 と、その時、不意に背後で扉が開いた。


「――邪魔するわよ」


 戸口から現れたのは、年端のいかぬ二人の少女。

 片方は勝気そうな顔をした少女で、もう一方はその後ろに隠れるようにして立っている。どちらも燃えるような赤髪だ。恐らくは姉妹なのだろう。だが、髪色よりも特徴的なのは彼女たちの瞳だった。


 真紅の右目と、紺碧の左目――二人とも左右で瞳の色が違う。いわゆるオッドアイというやつだ。現代でもこの異世界でも本物を見るのは初めてである。


 そんな姉妹が登場した瞬間、酒場の空気が一変した。


「おい、見ろよあの目……!」

「初めて見るぜ……!」

「本当に来たんだ……!」


 と、口々に囁き交わされる呟き。オッドアイが珍しいから……では説明がつかない異様な高揚感が混じっている。もしかして、俺の知らない地方の有名人とかか?


 なんて頭をひねっていたら、その答えは予想外のものだった。


「すげえ……本物の転移者様だ……!!」

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