第17話 旅立ち
「と、取り返すって……は?! 何を言って……!?」
「ん? いらないのか? 大事な形見なんだろ?」
「そ、それはもちろん、取り戻せるものならそうしたい! だが、今どこにあるかもわからぬのに……」
「ならまずは情報収集からだな」
チート級の性能を誇る《魔王礼装》、それが強大な力を持っているのであれば否が応にも目立つのは必然。四つもあるのならなおさらだ。まさか要りもしないのに魔王と戦ってまで奪うわけもなし、自分で使うのか他人に売るのかは知らないが、いずれにせよ噂や情報はどこかに転がっているはず。――道しるべとしては十分じゃないか。
「ほら、もう俺がいる必要ないって話しただろ? やることもないし、その先代様の形見とやら、探してやるよ」
どうせ次の目的もなかったのだ、ちょうどいい。平穏がモットーの俺だけど、ネットもゲームもない城に引きこもっても退屈で死にそうだしな。
「まっ、別にいいだろ? 俺がどうしようと。お前らは期待しないで待っててくれよ」
こいつらとしてもいつまでも人間に居座られちゃ嫌だろう。……けれど、なぜだかセラはわけのわからないことを言い出した。
「……なら、私も行く」
「は? いやいやいや、リリアたちはどうすんだよ?」
「この城にいる限りリリア様は大丈夫だ! それよりも、貴様一人を行かせる方が……!」
と、やたら必死で食い下がるセラ。もしかして、こいつ……
「まさかとは思うが……心配してくれてるのか? そういやゴラムと戦った時も駆けつけてくれたよな……?」
「なっ! べ、別にっ、貴様のことなどどうでもいいっ! ……ただ、その……そう、リリア様は貴様に懐いている! だから、リリア様を悲しませたくない、それだけだ!!」
と、セラは烈火のごとく否定する。そして一転攻勢に出てきた。
「だいたい、お前はペンダントの形も知らないではないか!」
「うっ、まあ、それは……」
「それにこの世界のことだって何も知らないだろう!」
「そりゃそうだけど……」
仕方ないだろ、こっちに来てから詳しく聞く暇もなかったのだから。
なんて言葉に窮していると、さらに予想外の敵勢が現れた。
「――そうじゃの、確かにそれでは任せられんのぅ」
思わず振り返れば、背後にはいつの間にかパロの姿が。ついでにポンコツたちも一緒である。
「お、お前ら……!」
「一体いつから……?!」
「ほっほっほ、セラが慌てた様子で出て行ったものでのぅ。気になって後を追ってみたのじゃが……いやぁ~、若いのぅ~」
と、茶化すように笑うパロ。後ろではゴーレムたちがわざとらしく目を覆ったりしている。中学生かお前ら。
「こ、これはっ、そういうのではなくっ……!」
「冗談じゃよ、本気にするでない。……ともかく、リクよ。セラの言う通りおぬしはこの世界について何も知らぬ赤ん坊じゃ。一人旅というのはいささか無茶だとわしも思うぞ」
「ふっ、さすがパロ、その通りだ! だから私が――」
「いや、それもどうかのぅ? セラよ、おぬしは少々人間嫌いが過ぎる。いらぬトラブルを起こすのではと心配じゃよ」
「なっ! そ、そんなことは……」
「いや、俺もその通りだと思うぞ」
「くっ、ならどうしろと?!」
「ほっほっほ、なあに、簡単じゃ。――わしもついていく」
「「はあ?」」
甚だ遺憾ながら、俺とセラの声が綺麗にハモった。
「何を言っているのだ、パロ! お前まで来ては誰がリリア様のお世話をするというのだ!」
「そうだな……どこまで行くかもわからないんだから、さすがにお前まで離れるのはなあ」
「ああ、その話なんじゃが……いつでも戻って来られるぞい」
「へ?」
「そうじゃろう? ――ミラ、ミル」
その呼びかけに応じて、
――距離は近いが、あのシキガミが使った『転位魔法陣』と同じ現象である。
「今のでわかったかのぅ? ミラとミルは互いを結ぶ特別な門を作り出せるのじゃ。つまり、片方を城に残し、もう片方に同行してもらえば、わしらはいつでも城に帰って来ることができるのじゃよ。……もっとも、消費魔力的に一日一回が限度じゃし、誰か一人は現地に残ってもらうことになるがの。それでも、非常時に駆けつけるには十分な力じゃろ?」
な、なんという便利アイテム……あの店主にはぼったくられたと思っていたが、むしろ足りないぐらいだったようだ。
だが、セラは説明を聞いてなおいぶかしげに首を振る。
「馬鹿にするな、パロ。私とて二人の力は知っている。だからこそ言うが、ゲートの開通できる距離はそこまで長くないはずだぞ」
「ウム、その通りじゃ。じゃがなセラよ、おぬしは大事なことを忘れておらぬか? ――ほれ、隣にいる男の能力はなんじゃったかのぅ?」
その言葉でセラはハッと気づいたらしい。
「そうか、こいつの【
「うむ、どんなに離れていてもゲートはつながるじゃろう。……ということで、どうじゃ? 問題解決ではないかのぅ?」
と、パロは勝ち誇ったように微笑む。
そうだな、緊急時にすぐとんでこれるのであれば確かに文句はない。というか、誰だってさみしい男の一人旅よりは、美女二人と一緒の方が嬉しいに決まっている(中身はさておくとして)。
となれば、もはや断る理由はなかった。
「ああ、わかったよ。勝手にしてくれ」
「決まりじゃのう!」
「ああ!」
こうして綺麗に意見がまとまった……かと思いきや、ここにはもう一人名乗りを上げる者がいた。
「――りりあも~……」
と、瞼をこすりながら現れたのは、まだ眠たげな様子のリリア。どうやら騒ぎを聞いて起きてしまったらしい。
「りりあもいっしょがいー!」
「り、リリア様?! お、お気持ちはわかりますが……旅先では何があるかわかりません。我々の力でお守りできるかどうか……なにとぞ安全なこの城に!」
「リリア様、セラの言う通りじゃ。毎日お世話に帰って来るじゃて、我慢してくれませぬかのぅ?」
「やっ! りりあもっ!」
セラとパロが二人してなだめるも、リリアは頑なに首を振る。……なんともまあ珍しいことだ、リリアがわがままを言うなんて。短い付き合いではあるが、俺はこの幼女がこんなに駄々をこねるのを初めて見た。
一体なぜ今回に限って……? と疑問を感じていると、その答えは小さな呟きとして返ってきた。
「……いなくなる、いや」
その言葉に、俺たちは全員ハッとした。
リリアはたった四歳で母親を亡くしたのだ。それも、自分の知らないところで、知らないうちに。その喪失が彼女の小さな胸をどれだけ傷つけたことか。
――もう二度と、大切な人を知らないところで失いたくない――
彼女の想いはセラやパロと同じ……いや、きっとそれ以上に強いのだろう。――であれば、結論は一つしかないよな。
「……そうだよな、みんな一緒が一番だよな」
「うむ!」
「ああ!」
「いっしょ! いっしょ!」
俺は嬉しそうなリリアを抱き上げる。そう、どうせ俺たちは二束三文の弱小魔王軍。こうなりゃ一蓮托生だ。というわけで、俺はポンコツたちへ振り返った。
「おい、お前らももちろん来るよな?」
どこへでもひっついてくるこいつらのことだ、わざわざ呼ばなくても勝手について来るだろう。……けれど、その予想は大きく外れていた。
一瞬だけ嬉しそうにしたポンコツたちは、しかし揃って首を横に振ったのだ。
「お、お前ら……?」
誘いを断ったポンコツたちは静かにこちらへ歩いてい来る。そして……亡きアムネスの墓を寄り添うように囲むのだった。
……ああ、そういうことか。
「そうだな、お前らが留守をまもってくれるなら……安心だよな」
ポンコツたちは揃って頷く。
どれだけ尽くしたとしても、かつての主が誉めてくれることは決してない。それでもこいつらは忠実に彼女の傍に寄り添い続けるのだろう。本当に、馬鹿で、愚直で、不器用で……愛すべきポンコツどもだ。
少しだけ、アムネスが羨ましいと思った。
「……さてと、そんじゃ、そろそろ行くか」
そう言って俺は一つ伸びをした。眠っていた体はもうすっかり目覚めている。
「行くって……い、今からか?!」
「ああ、他にやることもないだろ?」
「そうじゃのぅ、ちょうどいい出発日和じゃしのぅ」
「おさんぽ! おさんぽ!」
「くっ……まったく、仕方がないな……!」
気づけば空にはすっかり日が昇り、辺りには小鳥の囀りが響いていた。
目的はある。仲間もいる。見送ってくれる眷属もだ。――そう、冒険に出ない理由はない。
俺たちは意気揚々と、明日へ向かって踏み出すのだった。
……ただし、三歩と進まぬうちに立ち止まることになるのだが。
「……あ、悪いセラ。やっぱお前は着替えてからにしてくれ。……多分捕まる」
「だ、だからこっちを見るな~~~っ!!!」
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