第13話 VS【暴風の魔王】
「で、相手役は誰がするの? ボクは見物がいいけどなぁ」
「であれば、私のボロスはいかがでしょうか? この子であれば加減はわきまえていますので」
「おいおい、それじゃ賭けになんねーじゃんよー。なあ、じゅうべい、お前いくか? って、これも賭けにならねーか! 一分で終わっちまうもんなぁ!」
「ククク……皆様のお手を煩わせるまでもない。主催者としてこの私が自らでましょう」
「『ここはヴィルバムート殿の居城。城主たるヴィルバムート殿が出るのは公平さに欠けるかと』――とのことです」
「じゃーどーすんだよー、さっさと決めようぜ~!?」
誰が戦うかを巡って荒れ始める議論。やはりこいつらは魔族――話し合いよりも戦闘がお好きらしい。
そんな騒然とする大広間にて、再びゴラムが口を開いた。
「決まっている、この俺が直々に試そう。異論はないな?」
ゴラムが進み出るや、魔王たちはぴたりと黙って……それから一斉に頷いた。
「いいんじゃない? ボクは賛成だよ」
「まっ、言い出しっぺってやつか。あ、でもお前が出るなら……けけけ、3秒で決着に1000万」
「……仕方ありません。それが筋、ですね」
「あなたがですか……あまり城を壊さぬようお願いしますよ……」
「『意義なし』――と、おっしゃっております」
どうやら決まってしまったらしい。……おいおい、冗談だろ? よりにもよって眷属じゃなく魔王本人が相手かよ。ますますもって絶望的じゃないか……
「え、えーっと、テストするにしても、場所とか日時の方は……」
「そんなもの、今、ここで、以外にあるか?」
儚い抵抗を試みるも、やはり逃げられる雰囲気じゃない。
そうこうしているうちにヴィルバムートが話を進める。
「それでは、皆様には別室で観覧いただきましょう。ゴラム殿の邪魔になってはいけませんからね。クククク……」
どうやら俺が死ぬのを早く見たくてたまらないようだ。ヴィルバムートの一声で、魔王たちはぞろぞろと扉から出ていく。
その隙に、セラたちが切羽詰まった顔で詰め寄って来た。
「参ったのぅ、この展開は予想外じゃった……」
「だいぴんち?」
「お、おい、リク、何か策はあるのか?!」
「んなもんあったら教えて欲しいよ……」
「くっ……わかった、ならば逃げよう! 阻まれるというのなら、我々も命を賭して戦う!」
「おぬしには大恩があるしのぅ!」
覚悟を決めた顔の二人。ポンコツたちも同意するように頷いている。だけど……
「戦うって、リリアも一緒に、か?」
「そ、それは……」
「な、無理だろ? だから俺の方はいい。お前らはもう行け。こっちは何とかするから」
力を合わせて魔王討伐! なんてのができれば最初から苦労はない。この場には俺以外に六体もの魔王がいるのだ、反抗すれば即刻殺される。そんな自殺にも似た愚行に、リリアを巻き込むわけにはいかない。
だがまあ……どっちにしても俺は駄目そうだな。
「――話は終わったか、人間?」
セラたちが重い足取りで去った後、ゴラムが楽しげにこちらを覗き込んでくる。全身から放たれるのはピリつく威圧感。既にやる気満々のご様子だ。
「ん? どうした、震えているのか? 安心しろ、加減はしてやる」
「ははは、そりゃどうも……」
こうして相対したことで、改めてゴラムの威容を間近に感じる。
身の丈にして6、7メートルはあろうかという猿人型――【暴風と牙を鳴らすものたちの王】・ゴラム。隆々の筋肉で覆われた四本の巨腕は、到底‘手加減’ができそうなほど器用には見えない。
実際のところ、大きさ自体はアルミスボアよりも一回り小さい。だけど漂っている歴戦のオーラは桁が違う。どう考えてもこいつはヤバイ。勝てる相手ではないと本能が理解してしまうのだ。
だいたいなんだよ、いきなり魔王と戦えとか、無理ゲーにもほどがある。いや、‘戦い’になればお慰み、こんなもの公開処刑以外のなにものでもないじゃないか。一度だけの人生で負けイベントとか笑えねーぞ。
やはり無様でも「助けてくれ」とあいつらに泣きついた方が良かったか。
そんな後悔をし始めていた時、扉のところでポンコツたちが何かを掲げた。それは『がんばれ あるじ』とへたくそな字で書かれた横断幕。まったく、いつの間にこんなものを作ったのか……ってその布、城に唯一残ってたカーテンじゃねえか。明日からどうすんだ。
そんなポンコツたちを見て、最後まで残っていたヴィルバムートは心底馬鹿にしたように笑った。
「ふん、力なきスクラップどもが。くだらんことを。同じ魔族としてまったくもって堪えがたい」
はばからず口にされた痛烈な罵倒に、ポンコツたちはしょんぼりと肩を落とす。ぶっちゃけ事実だし、しゃーない。俺もそう思うもん。
だけど……こいつに言われるのはなんだか癪だ。
「ああまったく同意だよ。……でも、そんな雑魚なこいつらは、絶対勝てないってわかりきっててもお前の眷属に立ち向かったんだぜ? つよーいはずのお前の部下たちは、俺の力を見た途端尻尾巻いて逃げ帰ったのにさ。どっちかを配下するってんなら、俺は迷わずこいつらを選ぶね」
「貴様……!」
つい言い返すと、それを聞いたポンコツたちはなぜか大喜び。別に誉めてないし、お前らのために言ったわけじゃねーっつーの。どこまでもお気楽なポンコツたちだ。
「ふっ、まあ良い。どうせこれが最後の会話になるのだ、存分に吠えておけ。――言っておくが、
テンプレな捨て台詞と共に去っていくヴィルバムート。悔しいが……確かに奴の言う通りになりそうだ。
俺は今度こそ二人っきりになった大広間でゴラムと対峙する。全身から放たれる圧倒的な威容は、戦闘を前にしてますます濃度を増している。いよいよもって逃げ場なし。面と向かって立っているだけで正直ちびりそうだ。……だけどなんだろう、さっきより少し肩の力が抜けた気がする。もしかしたら、あのポンコツ応援団のお陰かも知れないな。
「……準備はできたか、代理?」
「まだ、って言ったら待ってくれんのか?」
「ククク……その軽口、先代を思い出すな。――いつでもいい、貴様から来い」
先行はくれてやるってか? 随分と余裕ぶってくれるじゃねえかこのゴリラ。ならこのまま何もしなければ平和的に終わったりして。
(……なーんて、そんなわけないよな)
六体もの魔王相手に口八丁でどうこうできるはずもなし。事ここに至っては戦って活路を見出すしかないのだ。
俺はさりげなく法衣のポケットに手を入れると、所持しているアイテムを一つ一つ確かめる。『大魔法使いキット』――先の古道具屋で買った子供のおもちゃが、今の俺にとって唯一の武器。色々な使い方を頭の中で考えてはいたが……今回に関しちゃ結論はシンプルだ。
(先行くれるってんなら、遠慮なくいかせてもらうぞ――!)
衝撃を与えると爆発する『炸裂岩』、帯電性質を持つ『雷針草』、微風を起こす『ウィンドオウルの風斬羽』に、常にマイナス温度の『樹凍液』――手に触れたものを片っ端から‘強化’して、全力で叩き込む。
『組み合わせてコンボ狙い』とか『非常用に温存』とか、そんなものは知らん。なにせ、どの道具も一回こっきりの使い捨て。回数が限られている以上、探り探られの駆け引きなんか無理な話だし、そもそも戦闘経験ほぼ無しの俺にそんな高度なことできやしない。なら、一つずつちょこまか出すよりも、一点集中の短期決戦を挑む以外に道はなし。能力がバレる前に片を付ける――!
爆撃、雷撃、風撃、氷撃――あらゆる属性の猛攻が一瞬の間断もなくゴラムを襲う。こちらは詠唱なしで特大の魔法を乱射しているようなもの。魔王とて不意を突かれれば対処はできないはず。だが……
「――どうした? もう魔力切れか?」
爆煙が晴れた後、立っていたのは涼しい顔のゴラム。確かに全弾当たったはずなのに、傷一つついていない。そりゃ俺だってこれで決まるとは思っていなかった。だけど……もう少しダメージがあってもいいんじゃないのか……!?
俺は僅かに後退しながら様子をうかがう。俺に残された攻撃手段はナイフだけ。こうなりゃ否応なしに持久戦だ。ひとまず回避に専念してチャンスを待つしかない。大丈夫、こっちには『庇護者の法衣』があるし、『
「――なら、手番交代でいいな?」
ゴラムが笑ったかと思った次の瞬間、その巨体は既に眼前にいた。
「っ――?!」
想定をはるかに越える敏捷性。小山ほどの巨躯に見合わぬ、子猫のような身のこなしだ。あのアルミスボアの突進がスローモーションに思えるほど。
そして至近距離から繰り出されるのは、巨木並の剛腕による一薙ぎ。俺は咄嗟に飛びのくも、一歩足りない。かわしきれなかった指先が脇腹を掠める。その瞬間――
「う、ぐっ……!?」
全身をビリビリと奔る衝撃。口の中に不快な鉄の味が広がる。――それが壁に叩きつけられたのだと気付くまでに数秒の時間を要した。
「ほぅ、存外に硬いではないか、代理よ」
感心したように呟きながら、ゆっくりと近づいて来るゴラム。こっちはそれに応じる余裕もなく、口の中に溜まった血を吐き捨てる。懐からは塵になった『
今の一撃――僅かに触れただけのあの一瞬で、24枚持っていた護符がすべておしゃかになった。もしもモロに喰らっていたら完全にアウトだっただろう。そして護符が無くなった今、次はかすっただけで致命傷。難易度ハードにもほどがある。
だけどその分、やることはシンプルになった。一発ももらわず、かわし続ける。実に単純明快だ。……できるかどうかはさておきとして。
「まだ心は折れぬ、か。ならば……これはどうだ?」
不意に石柱を掴んだゴラムは、ほんの僅か力を込める。その途端、粉々に砕け散る大理石の柱。やはり驚異的すぎる握力だ。だがそれは単なる示威行為ではない。――ニヤリと笑ったゴラムは、砕け散った岩石片をそのままこちらへぶん投げたのだ。
ぎゅるぎゅると唸りをあげながら、散弾銃みたいに飛来する無数の石片。『庇護者の法衣』のお陰で即死は免れたが、全身を鞭で打たれたかのような激痛が襲う。そしてたまらず回避した先には……ゴラムの巨腕が待ち構えていた。
「あっぶねっ……!」
「フフフ、よくかわす……!」
遠距離攻撃で相手を動かし、逃げる先で待ち伏せる――漫画やアニメでよく見る作戦なだけに、こちらも用意はできていた。
「獣なら……炎は苦手だよな!?」
両手の松明を同時に強化、現出した双頭の炎龍が鎌首をもたげて襲い掛かる。唐突に現れた業火を前にして流石のゴラムも足を止めた。……だが、それは火勢に臆したからではなかった。
ゴラムは逃げも隠れもせずただ大きく息を吸い込んだかと思うと――次の瞬間、俺の体は恐ろしい圧力で壁に叩きつけられていた。
なんだ? 何が起こった? ゴラムはその場から一歩も動いていない、だというのに炎の龍はかき消され、俺は吹き飛ばされた。原因と結果の乖離に頭がついていかない。まさか、風属性魔法……? だが何の予備動作もなかったはず。ゴラムがやったことと言えば、ただ大きく息を吸い込んだだけ……
そこまで考えたところで、ようやく気付いた。
ああ、魔法なんてとんでもない。今のはただの‘
こんな化け物と戦うなんて、やってられるか。
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