第12話 《魔卿僉議》

「ねえ、人間君……いや、リク君だったかな?」

「は、はい……」

「君にね、すこーしばかり聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 正直、全力でご遠慮願いたい。魔王との問答など、バイトの面接すら受けたことがない俺に務まるわけないだろう。だがここで「ノー」と言う勇気もないわけで、結局のところ俺は頷くしかなかった。


「やった! じゃあ早速――君、好きな食べ物は? 出身どこ? 最近元気ぃ? 顔色悪いけど、ちゃんと食べてる? あ、海と山どっちが好きかな?」

「え、あの、ちょっと……」

「猫派? 犬派? お風呂は頭から洗うタイプ? 『ヴォーランド恋物語』って知ってるかな? それからそれから――」


 と、矢継ぎ早に繰り出されるのは、なんともくだらない質問の数々。中身がなさすぎて逆に困惑するほど。隣のセラたちも眼を瞬かせている。こいつ、ナンパ初心者の大学生か?


 だが、最後に付け加えられた言葉を聞いた瞬間、心臓がどくりと跳ねた。


「それとさ、もし君の領地に人間が攻めてきたら……君、殺せる?」


 それまでと同じ軽い口調だが、込められた意味の重さは桁違い。恐らくはこれが本命だ。もしも返答を誤れば……人懐っこそうなこの魔王の本当の顔を知ることになるかも知れない。


 俺は一度だけ唇を舐めると、平静な声を繕って答えた。


「さて、どうですかね、殺すよりは……ぼこぼこに追い返して俺の名前を天下にとどろかせる方がいいんじゃないっすかね。あ、もちろん俺より強い相手ならすぐ逃げますけどね。ハハハハ……」


 と、愛想笑いを浮かべてみる俺。隣ではセラとパロが揃って「正気か?」と言いたげな顔で見て来る。うるせー! いきなり振られて完璧な答えなんかできるかっての。


「あははははは、君は正直だねえ! いいよいいよ、そういう子は大好きだよ」


 思いのほかウケてくれたらしく、ポ=カは上機嫌で笑う。どうやら今の返答で大丈夫だったようだ。俺は内心ほっと胸をなでおろす。……が、その言葉には続きがあった。


「――けど、『嘘をついていない』だけで答えてもいないね。おかしいなあ、質問の意図は理解しているはずなんだけど……ああ、愚かなフリでやりすごすのが君のスタイルかな?」

「っ……!」


 そう、ポ=カの問いは『実際どうするか』という話ではない。もっと根本的な話――『人間につくか魔族につくか』を問いかけていたのだ。


 そして俺は……あえて返答を避けた。人間か魔族かなんて、そんなもの決められるわけがない。俺は俺が安全に暮らせればそれでいいのだ、わざわざ世界の半分を敵認定するなんて馬鹿のやること。……なんて回答をするよりははぐらかした方がいいかと思ったのだが、悪手だったのだろうか。さて、ここからどう言い逃れを――


「けどね、ボクはそういうところが好きなんだ。君たち人間のそういうところが」

「え……?」

「中庸っていうの? どっちにもなれるとこ。なんていうか自由だよね。狡猾と言ってもいいんだけどさ、うん。……ってことで、いいじゃない、人間。彼がボクらと同じ座につくなんて、なんだか楽しくなりそうだ! ってことで――賛成に一票」


 何を一人で納得したのか……いや、本当は最初からそのつもりだったのか、ポ=カは上機嫌で宣言する。もちろん、それに驚いたのは俺だけではなかった。


「な、なにを言っている……! 【潮風の王】よ、貴様はそれでも――!」

「あれ? 他の王の決定に異議は差し挟めない――これ、君の大好きなルール規律じゃなかった?」

「くっ……!」


 痛いところを突かれたのか、ヴィルバムートは大人しく引き下がる。

 すると、横から【風穴の魔王】・もんざぶろう和風もぐらが首を突っ込んで来た。


「けけけ、まあいいじゃねーの、どっちでもよー。それよりもだ……大事なのはおいらの金が返って来るかってことだよ。――おい、お前」


 と、もぐらの視線(目はないけど)が急にこちらへ向く。


「あのアマの座を継ぐってことはよー、おいらの借金もおめーが肩代わりするってことだよなあ?」

「え、えっと、おいくらほどで……?」

「金貨10万枚」


 ちょっと待てよ、この世界の金貨は1枚で1万円相当だから……って、10億ってことか?!


「ぶ、分割払いじゃ駄目っすか……?」

「ちっ、話にならねえ。――反対に一票」


 くっ、この糞モグラ……! 完全にアムネスへの八つ当たりじゃねえか!


「ふっ、それでいいのです。では私も」


 と、当たり前みたいな顔でしゃしゃり出るヴィルバムート。

 ちょっと待て、それはおかしくないか?


「おい待てよ! お前も投票権あんのか?!」

「何を言うか、私とて座を持つ王、当たり前だろう? ああ、ちなみに、貴様にはないぞ。この僉議が始まった時点で貴様は『魔王候補』。魔王でなければ投票権はない。道理だろうが」


 なんとも卑劣な理屈だが、一応の筋は通っている。他の魔王からの異議も出ないし、どうやらこれについては突っぱねるのは難しそうだ。


「ふん、異論はないな? では私の意見を。……人間は我ら共通の敵! それを座に迎えるなど言語道断! もはや論じるにも値しない! ――反対に一票!」


 ま、知ってた。

 これで現時点では賛成1、反対が2。もし次も反対なら、その時点で投票による俺の就任はなくなってしまう。……いや、もちろん俺だって王の座に就きたいわけじゃない。ヴィルバムートの言う通り無理矢理押し付けられただけだ。だが、もしここで座を奪われれば、その瞬間にヴィルバムートは俺を殺すだろう。俺の命のためにも、なんとしても魔王の座を手に入れなければ。


 そんな運命のかかった一票を担うのは、【泥田の魔王】・メメリア――あの小さなタニシである。メメリアはゆっくりとこちらを向くと、俺……ではなく、その後ろのポンコツたちへ声をかけた。


「お久しぶりですね、レントンさん。お元気ですか?」


 メメリア【泥田の魔王】が名前を呼んだのは、ポンコツ四人衆の枯れ木お化け。どういう繋がりなのかは知らないが、どうやら顔見知りであるらしい。


「彼は……リクさんはどのような方でしょう? よろしければ、あなたの目から見た率直な印象を教えていただけませんか?」


 と意見を求められたレントンさんは、身振り手振りで何事か説明し始める。何を言っているのかさっぱりわからないだけに、ものすごく不安だ。


 そうして一通りの説明が終わった後、メメリアは静かに頷いた。


「そうですか。それであれば、私から申し上げることは何もありませんね。――賛成に一票」


 どんな会話がなされていたのかものすごく気になるが、ともかくこれで五分。あとでレントンさん枯れ木おばけには礼を言っておかねば。


 そして次に声をあげたのは、居並ぶ魔王の中で最も謎めいたネズミたちの主――【竈の魔王】・ホムラだった。


「『リク=クロノの出自がわからない以上、我々は警戒しなければならない。もしかしたら、我々は最も危険な存在を輪の中に入れようとしているのやも。ゆえに、私はヴィルバムート殿に同意します』――と、おっしゃっております」

「おお、では……!」


 通訳のネズミがそう告げた瞬間、ヴィルバムートが歓喜の表情を浮かべる。だが、ホムラの言葉には続きがあった。


「『ですが、もしも彼女なら……アムネスであれば、きっと喜んで彼を座に迎えるでしょう。あの方はそういう女性ですから。なので……私はこの投票を棄権いたします。皆様の意見に委ねましょう』――と、おっしゃっております」


 なんという日和見な回答だ、そんなん許されるのかよ。……まあ俺が言えた義理じゃないが。


 だがこの投票拒否によって、同票での決着はなくなった。――すなわち、すべての決定は【暴風の魔王】・ゴラムに委ねられることに。


「――フン、ようやく俺の番か?」


 と、あくびをしながら呟くゴラム。見るからに脳筋タイプなゴリラだが、こいつ自分の立場わかってるのか?


 そしてゴラムの出した結論は……実に脳筋らしいシンプルなものだった。


「強ければ良し。弱ければ悪し。――王とはそういうものだろう?」


 ゴラムが口にしたのは、たったそれだけ。

 だがその瞬間、場の空気ががらりと変わった。


「はっはっは、なるほど、君らしいねぇ。実に単純明快だ!」

「けけけけ、面白くなってきたじゃねえの! おいお前ら、賭けようぜ! おいらは5分で死ぬに1000万!」

「野蛮ですね。好きではありませんが……それがあなたの決定であれば」


 にわかにざわめきたつ魔王たち。その高揚の意味を俺は理解した。


 ――俺は今から‘テスト’されるのだ。

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