第11話 五柱の魔王
「――この俺を呼び出すとは……くだらぬ用であったのなら覚悟しろ」
いかにもなセリフと共に先陣を切って現れたのは、大木ほどの怪腕を四本も持つ巨大な魔獣。ゴリラと獅子を掛け合わせたような姿をしている。その見た目だけでも既に魔王の貫禄たっぷりなのに、全身から溢れる捕食者の覇気が恐ろしさに拍車をかけている。水晶玉に表示されたその名前は――
【暴風と牙を鳴らすものたちの王】――ゴラム
※
「――《魔卿僉議》……何年ぶりでしょうか」
次なる魔法陣から飛び出したのは、柔らかな女性の声。と同時に、おびただしい量の泥水がどくどくと溢れ出て来る。そして瞬く間に広間の半分ほどを覆った泥が、急にくねくねと動き出したかと思うと……一箇所に寄り集まりついには巨大な竜の姿を形作った。だが、声の出所は泥の竜ではなく……その額にちょこんと乗った一匹のタニシ――
【泥田とうずくまるものたちの王】――メメリア
※
「――やあやあ、この大陸にお邪魔するのは久しぶりだなあ」
次に現れたのは眼鏡を掛けた無表情な女。その手には透明な水の詰まった瓶が抱えられている。場違いなほど陽気な声はその中から聞こえて来るようだが、生物らしきものは何も見当たらない。だが、目を凝らしてよく見れば、水中にはゆらゆらと揺らめく人型の影が――
【潮風と鱗もつものたちの王】――ポ=カ=マホマ=レレス
※
「――ったく、いきなり呼び出しやがって、おいらの時間は高くつくぜぇ」
四番目の魔法陣からは、人間大のもぐらが三匹、のそのそと歩み出て来た。全員が口元にへらへら笑いを浮かべ、腰に日本刀のような得物を提げている。
【風穴と耕すものたちの王】――もんざぶろう (……なぜこいつだけ和風?)
※
「……………………」
そして最後に魔法陣から現れたのは、何の変哲もない七匹のネズミ。各々が小さな袋を背負っている。その袋をひっくり返すと、中からでてきたのは大量の石ころ。不思議思って見ていれば、ネズミたちはせっせと小石を積み上げ始める。そして完成したミニチュアの
そして数秒後、一匹のネズミが立ち上がったかと思うと、咳払いして告げた。
「『準備は整いました、いつでもどうぞ』――と、おっしゃっております」
【竈と歯型残すものたちの王】――ホムラ
※※※
かくして大広間に首を揃えたのは、いずれも個性的な姿をした五体の魔族。正直、『魔王』の名を冠するからにはヴィルバムートと同じかそれ以上におどろおどろしいものを想像していたのだが……【暴風の魔王】・ゴラムを除けば、どれもそんなに怖くはなさそうだ。……というか、【
「こいつら、本当に魔王なのか……?」
俺は思わず呟く。すると、隣で水晶玉を覗いていたパロが青い顔をして答えた。
「おぬし、それは聞こえるところで言わんほうがいいぞ。……ほれ」
促されるがまま、俺は改めて水晶玉を覗き込む。そこに表示されていたのは……
――――――
名前:ドグラボロス
種族:≪
職業:【泥田とうずくまるものたちの王】の眷属
体力:S
力:S
魔力:3840/3840
防御:AA
知力:B
精神:B
敏捷:C
物理耐性:SS
魔法耐性:S
《アビリティ》
【王の祝福】
【自動再生】
【土属性吸収】
【???】
【???】
【竜眼】
――――――
「おいおい、なんだこのステータス……?!」
「S」だの「SS」だの、冗談じみたアルファベットがずらりと並んでいる。これがゲームだったらバランス調整を諦めたとしか思えない。しかも、何が嫌になるって……
「ただの眷属でこれなのか……?!」
「うむ……王たちの方は見たくても見れぬ。どれも鑑別不能じゃ……」
「は、はははは……」
恐らく俺の能力で水晶玉を強化してやれば鑑別することはできるだろう。だが、生憎その勇気はなかった。
「さてさて皆様――」
と、魔法陣が消え去ったところでヴィルバムートが声を張り上げる。俺と対峙していた先ほどまでとは違い、随分と紳士的な声音だ。どうやら主催者として仕切ろうという腹らしい。
「お集りいただき恐悦至極。我が城の歴史を紐解けば、こうして王が一堂に会するのも――」
だが大仰なスピーチが始まりかけたその時、不意に【暴風の魔王】・
「――さっさと本題に入れ、ヴィルバムート。貴様の駄弁を聞きに来たわけではない」
と、開口一番痛烈に言い放つ。どうやら魔王同士仲がよろしい……わけではないようだ。
「まあまあ、いいじゃないのゴラム君。ボクはおしゃべりが好きだけどねぇ」
「どちらにせよ、この会合の趣旨は聞かなければ」
横から【潮風の魔王】・
「よろしい。では本題に入りましょう。お集まりいただいたのはずばり、そこにいる人間、リク=クロノについてです。実に嘆かわしいことですが……どうやら彼は今、空席となっている【荒野と捨てられたものたちの王】の座に就いているとのことで――」
その言葉と同時に、魔王たちが一斉にこちらを向く。――瞬間、全身が鳥肌立った。
殺気……ではない。ただの‘視線’が押しつぶされそうな圧を放っているのだ。
「ほぉ、あやつの後継か」
「アムネスさんの……」
「なるほどねぇ、これは来た甲斐があったよ!」
「けっ、あのアマ、金も返さずくたばりやがって!」
「『同じ王として哀悼の意を捧げます』――と、おっしゃっております」
と、魔王たちは口々に呟き交わす。どうやら先代のアムネスは全員とかかわりがあったようだ。……ただし、悪口も混じっているが。
「こほん。皆様、静粛に願いたい。本日はこの人間が王として適するか否か、その判断を下したく思っております。僭越ながら私個人の意見を申し上げますと、奴は穢れた簒奪者。王の座に不適格な盗人です。今すぐその座を剥奪すべきかと」
「ん~、どうだろうね~。後継者に誰を選ぼうが、アムネス君の勝手じゃあないかい?」
「無論、本来であればその選択は王に委ねられるもの。だが今回は王亡きあとの決定、しかも相手が人間だ! 人間とはそもそも
と、大演説をぶち上げるヴィルバムート。だが、魔王たちの反応はバラバラだった。
「ふん、種族などくだらぬ。強者と弱者の二つでいいだろう」
「敵対者と決めつけるのはいかがなものかと」
「ヴィルバムート君、君はほんと好きだねえ、そういうの」
「てめーの持論はどうでもいいっつーの、さっさと終わらせようぜー」
「『僉議の開始を待つ』――と、おっしゃっております」
もはや話し合うような空気ではない。協調性のかけらもない反応に、ヴィルバムートは苛ついた様子で話をまとめようとする。
「……チッ……では、投票を初めてよろしいですね? この人間の魔王就任に、『反対』か『賛成』か」
すると、【潮風の魔王】・
「もちろんいいんだけどさ……その前にちょっと彼とお喋りしていいかな?」
「……ええ、いいでしょう」
全然よくはなさそうな表情だが、拒絶するには理由がない。ヴィルバムートは渋々ながら頷く。その途端、ポ=カは嬉々としてこちらに話しかけて来た。
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