第3章 魔王

第10話 【宝石と謀るものたちの王】

「――どわっ……!」


 ホワイトアウトした視界が急に色彩を取り戻す。

 と同時に、浮遊していた体がどさりと床に投げ出された。


「いっててて……お、お前ら、全員無事か?!」

「むびょうそくさい!」

「ああ、問題ない」

「こっちも大丈夫じゃが……ここは一体……?」


 きょろきょろと見回せば、辺りは美しい大理石のエントランス。磨き上げられた石柱が規則的に並び立ち、壁際には彫刻が飾られている。三ツ星ホテルのロビーと言われても納得できるレベルだ。……少なくとも、ここがうちの城じゃないことだけは確かだな。


 と、そんな折、俺たちを出迎える者が現れた。


「――ククク……ようこそいらっしゃいました、お客様」


 耳に障る嫌味な声と共に、奥の扉からやって来る一つの影。大きな翼と角が特徴的なその姿は――


「お前、あの時の……!」


 そう、出迎えに来たのはかつて俺たちの城を襲ってきたあのデーモン。……いや、ノリで「あの時の」とか言っちゃったけど、同一人物かはぶっちゃけわからん。ゆうほどデーモンの見分けってつかないし。


 だが幸か不幸か本人で合っていたらしい。


「ククク、先日はどーも。再会できて嬉しいぜ、ポンコツ諸君」

「貴様、なぜここに……!」

「おいおい、なぜって当たり前だろう? ここは――我らがヴィルバムート様の居城なのだからな!」


 なるほど、俺たちは敵地のど真ん中へ連れてこられてしまったわけか。


「貴様らの城だと……?! こんなところに連れてきて、我々をどうするつもりだ!」

「おいおい、言いがかりはやめてくれよ。連れて来たのは俺じゃねえだろ? 俺はただ、お前らの案内を仰せつかっただけだ。……ほら、さっさとついてこい。本来ならお前らなどが足を踏み入れることのできない神聖な城だ。ありがたく思いな」


 そう言ってずいずいと歩いていくデーモン。大人しく従う義理はないが……この城から逃げたところでヴィルバムート領にいることに変わりはない。どこをどう行けば帰れるかもわからないのだから、結局捕まるのがオチだろう。だったら今は従順な振りをして様子を見る方がよさそうだ。


「行くぞ、お前ら。はぐれるなよ」


 そうしてデーモンの後に続いて、俺たちは敵陣内を歩き始めた。

 どこへ続くとも知れぬ長い長い回廊。左右には恐ろしく高そうな調度品の数々が並んでいる。絵画に彫刻、甲冑に刀剣類……いずれも絢爛な一級品だが、何より目を惹くのはショーケースに飾られた数多の宝石。いずれも握りこぶしと同じぐらいのサイズで、己の美を誇るかのように輝いている。さすがは『宝石』の名を冠する魔王の根城といったところだ。……土下座で頼んだら一個ぐらいくれないかな。


 なんてことを考えているうちに、デーモンは巨大な門扉の前で立ち止まった。


「この先でヴィルバムート様がお待ちだ。くれぐれもご無礼のないようにしろ。死にたくなければな。ククククク……」


 安っぽい挑発は置いといて、俺は扉の前で深く息を吸い込む。

 この先に魔王が待ち構えているのだ。なんだか餓鬼の頃にやったRPGの主人公になったみたいな気分だが、生憎ここにはセーブポイントもなければコンテニューもない。死ねばデータ消滅のベリーハードってところか。笑えないな。


 だがそれでも、行くしかない。


 俺はゆっくりと扉を押し開ける。その先に広がっていたのは、恐ろしく巨大な大広間。中央にはどでかい円卓が一つと、テーブルを囲むように七つの椅子が設けられている。そしてその一番奥、最も絢爛な玉座に――それはいた。

 

 捻じ曲がった三本の角、各所に宝石のちりばめられた豪奢な衣装、そして、白目と黒目が反転した不気味な双眸――デーモンよりは人間に近い容姿だが、決して人とは異なる禍々しいオーラをまとった鬼人。


 なるほど、こいつが……


「【宝石と謀るものたちの王】――ヴィルバムート……!」

「ようこそ、『魔王代理』の人間――リク=クロノ」


 凍えるほどに冷たい氷の如き声音で囁くヴィルバムート。

 なぜ俺の名前を知っているのか、なんて気にするだけ野暮だろう。こいつは魔王、それも恐らくは魔術師タイプの王だ。鑑別魔術ぐらい使えるに決まっている。『庇護者の法衣』があるから能力まではバレていないと信じたいが……


「……で、俺たちに何の用だ?」

「おや、シキガミの話を聞いていなかったのか? 《魔卿僉議まきょうせんぎ》――すなわち、魔族を統べる王たちが一堂に会する集会だ。この私が招集したのだよ。無論、議題は……君の処遇について」


 《魔卿僉議》……魔王が集まる集会だと? こいつの前に立ってるだけで内心ちびりそうなのに、同じような奴らがもっと来るっていうのか? そいつはさすがに聞いてねえぞ。


「だが、私としては……会議の前に君と個人的な話がしたくてね」

「個人的な話……?」

「ああ、‘アドバイス’と言い換えてもいい。内容はシンプルだ――君には自分から魔王代理を辞退してもらいたい。ここに集う王たちの前で、正式に。どうせ君が王として認められることはないのだから、お互いスマートな方がいいだろう?」


 こいつ、自分で会議とやらを招集したくせに何を言ってやがる。


「……『嫌だ』って言ったら、どうする?」

「ふむ、まあそう反応するだろうね。だが……君は王の責務というものを正確に理解しているのかね?」


 といきなり話を変えたヴィルバムートは、ひどく饒舌に語り始めた。


「王とは、軽々しく口にできるほど楽なものではないのだ。いつなんどきも眷属のことを憂い、その安寧を守らねばならない。たとえば……そうだな、今この瞬間とかも」

「は? 何が言いたいんだ?」

「わからないかな? 今この時、君は己の居城から遠く離れたここにいる。もしも今、君の城が人間や敵対する魔族に襲われていたとしたら……君は果たして眷属を守れるだろうか?」


 そう問いかける瞳の奥底が邪悪に嗤っている。それだけで、奴の言葉の意味を理解するには十分だった。


「こやつ、ポチたちを人質に……?」

「なんと卑劣な……!」

「あくぎゃくむどう!」


 卑怯な脅しに対し、セラたちは口々に非難の声をあげる。だが、ヴィルバムートは涼しい顔で笑い飛ばすだけ。


「おっと、早とちりは困るなあ。そうは言っていないだろう? あくまで‘もしも’の話だ。王の座につくにはそういう覚悟が必要ということだよ。……だがまあ、実際にそうなっていないとも言い切れないがね。……さ、今の話を踏まえて、もう一度問おうか。どうだい、辞退してくれはしないかね?」

「てめえ……!」


 魔王のくせに、どれだけこすい手を使いやがるんだこいつ。


 だが選択を迫られたその時、背後からがちゃがちゃと聞き覚えのある足音が。思わず振り返ってみれば……


「お、お前ら……!」


 妾らとやってきたのは、城にいるはずのポンコツたち。相変わらずやかましい音を立てながら、嬉しそうにこっちへ駆け寄って来る。


「どわっ、いてて! だから飛びつくなって! ……ははは、なんだよ、お前たちもつれてこられたのかよ」

「チッ、戦力均衡化規定か……融通の利かぬシキガミめ……!」


 と、苛ついた様子で舌打ちするヴィルバムート。恐らくは単純なハッタリだったのだろう。けれど、小細工のばれたヴィルバムートは、態度を改めるどころか堂々と開き直るのだった。


「ふん、多少状況が変わろうと、私からの要求は同じだ。――辞退しろ、人間! 誉れある我らが王の座に下等な猿がつくなど考えるだけで寒気がする。君だって、本心から魔族の玉座につきたいわけではないのだろう? 大方、そこの眷属たちに無理矢理担ぎ上げられた、というところではないか?」


 そう指摘された瞬間、セラたちがぎくりと肩を揺らす。

 鋭いなこいつ。大正解だ。


「無論、タダで退けとは言わぬよ。おとなしく座を明け渡したあかつきには、私の軍にてしかるべき地位を与えよう。どうだ、悪い話ではないだろう? 二つの座を持つ史上初の王、それが統べる世界最強の軍隊だ! 魔法に長けた悪魔種と、圧倒的武力を誇る無機物種による混成魔族部隊! お前は人間でありながら、勝者たる魔族の一員となれるのだぞ? これ以上に名誉なことがあるか?」


 ヴィルバムートは淀みなく美辞麗句を並べ立てる。だがその意図はいたってシンプル――『王の座をよこせ』、ただそれだけ。だとしたら、こっちの答えも決まっている。


「へえ、二つの座を持つ王による夢の混成部隊ねえ。なら……あんたが俺に座を渡しても同じだよな?」

「っ……! 人間、貴様……!」


 色々とわけのわからない状況だが、一つだけ確かなことがある。それは、目の前のこいつが信用できない相手だということ。今こうしてゆさぶりをかけてくるのは、裏を返せば俺を殺しただけでは王の座を奪えないからだ。俺が代理として魔王に就任したあの儀式、あれをさせなければならないのだろう。


 だったら、魔王の肩書きは俺にとっての命綱だ。もしも座を渡してしまったら、それこそ‘用済み’として即刻始末されるに決まっている。


 そんなこっちの意志を理解したのだろう、ヴィルバムートは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふっ、譲る気はない、と。ならばもういい。《魔卿僉議》にて正式に奪い取るまでのこと。愚かなものだ、今従っていれば楽に死ねたものを。……もっとも、今更後悔してももう遅いがな」


 そうしてヴィルバムートは、何かの到来を予期したかのように大きく両手を掲げた。


「さあ、来るぞ! 人間よ、恐れ、おののき、ひれ伏すがいい――!!」


 刻々と張りつめる空気、空間全体を支配する緊張。ポチたちも同じものを感じたのか、俺を守ろうとするかのように集まって来る。傍らではセラが剣に手をかけ、パロが水晶玉を取り出した。


 そして長い長い数秒の後、そいつらはやって来た。


「――王たちのお出ましだ――!」


 宙空に次々と展開する転移魔法陣。その瞬間、パロの水晶玉が悲鳴のような音を立てる。異常な何かの接近を感じ取っているのだろう。


 そうして光の渦から『魔王』たちが姿を現した。


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