第9話 突然の来訪者

――――……

――……


「はいよ、今回のクエスト報酬だよ!」

「え、こんなに……?!」


 戻って来たギルドにて、俺は驚嘆の声をあげた。

 眼前のカウンターに積まれたのは、一抱えもありそうな金貨の山。パロの話を聞く限り、金貨一枚が一万円ほどの価値らしいから……こいつはちょっとした一財産じゃないか。


「採集クエストの報酬と、解体した素材の代金だよ! アルミスボアの鱗は値が張るからねえ。あれだけ立派なサイズならなおさらさ! ああ、ちなみにかかった解体費や運送費はサービスさね。うちの村のじいさんたちを守ってくれたんだろう? ありがとうよ、ぼうや。あんたステータスは残念だけど、見どころあるじゃあないか!」

「ははは、どうも……」


 このおばちゃん、一言余計なんだよなあ。


 さておき、ありがたく報酬を受け取った俺たちは冒険者ギルドを後にした。


「むふふふ、これでしばらくは凌げそうじゃのぅ!」

「うぅっ、もうリリア様にひもじい思いをさせずに済むかと思うと……私はっ――!!」

「おだいじんっ!」


 と、大金を得たことでみんなウキウキである。金とは魔族の心も掴んでしまうのか。まあ、俺としても明日の食事の憂いがなくなったことで一安心なのは確かだが。……ただし、俺には食料屋よりも前に寄りたい店があった。

 

「あのさ……この金で武器買ってもいいか?」


 防御は『庇護者の法衣』があるからいいとしても、いつまでも木の棒で戦うってわけにはいかないだろう。元が弱すぎれば強化してもたかが知れているし、何よりあまりにも格好がつかない。


「もちろんじゃよ、おぬしの稼いだ金なのじゃから」

「ふん、毎回私の剣を貸すのは不愉快だ、好きにしろ」

「おかいもの!」


 ということで、部下たちの承認も得たことだしいざ武器屋へ……と思ったのだが――


「――へへへ、いらっしゃいやせ~」

「……えっと、ここ、武器屋って聞いたんだけど……」


 村人の案内で訪れた店内には、古びた壺やら壊れかけの人形やら見るも怪しい品々が陳列されている。武器屋の品揃えとしては少々おかしい。


「いやなに、古道具屋、武器屋、防具屋……もろもろ手広く扱っていやすんで。ほら、こんな村ですから、食ってくためってやつですよ」


 と、揉み手しながら答える店主。まあ、こんな平和な村で武器屋も糞もないのだろう。俺はとりあえず店内を見て回ることに。


「武器、武器……ああ、ここか」

「ほぅ、そこそこ種類があるではないか。どれ、私が見繕ってやろう」


 とセラが珍しく親切に口を出してくる。どうも武器の類には一家言あるらしい。ただ、俺の腹はもう決まっていた。


「いや、大丈夫だ。こいつにするよ」


 俺が選んだのは、これといって特徴のないシンプルな短剣。理由は単純で、一番手にフィットしたからだ。


 先ほどの戦いでわかったことだが、俺にはまだ長剣はうまく扱えない。『庇護者の法衣』の防御力でゴリ押す戦闘スタイルになるのなら、取り回しのいい短剣の方が適しているだろう。


 すると、意外にもセラは頷いた。


「ふむ……貴様にしては悪くない選択だ。長剣の使い方は今後私が教えるとして……今はそれがいいだろう」


 かくして速攻で目的は終了。このまま普通に帰ってもいいのだが……折角色々売ってる店に来たのだ、俺は目を輝かせているリリアへそっと耳打ちした。


「なあリリア、城で待ってるポチたちへのお土産、選んでくれないか?」

「じゅうだいにんむ?」

「ああ、超重大任務だ。頼めるか?」

「しょうちっ!」


 と、密命を受けたリリアは大喜びで駆け出す。……母親が死んでからずっとあの城で隠れていたのだろう、こんな時ぐらい羽を伸ばさないとな。


(ま、折角だし、俺も役に立ちそうな道具でも探すか……)


 俺の能力は道具使い。≪力を強くする腕輪≫とか≪素早さを上げる首飾り≫とか、RPGでよく見かける類の魔術品があれば一気にステータスを底上げできるはず。が……


「……ははっ、まあ、こんなとこにあるわけないよな」


 店内にあるのはどれも薄汚れた中古品ばかり。魔道具どころかまともに使える物すらほとんど見当たらない。まあ期待はしていなかったから別にいいけど。

 だがその時、棚の奥に置かれたあるものに目が留まった。


「『これであなたも大魔術師! お得な魔導品詰め合わせセット!(今だけ『自動防御オートバリアの護符』大増量中!)』……?」


 という胡散臭いタグの張られた籠には、何やら大量の石ころやらお札やらが詰め込まれている。


「なになに……『内容物:フェルナー地方産の『炸裂岩』、オドロ森で採れた『雷針草』、ウィンドオウルの『風斬羽』と万年樹氷の『樹凍液』、その他もろもろ』……へえ、面白いな」

「ん? リクよ、何を見ておるのじゃ?」

「いや、これがさ……」

「『あなたも大魔術師』……? ああ、これは子供用のごっこ遊びセットじゃな。どれも『魔術品』と呼ぶにはお粗末なものばかりじゃ」

「でも、一応は使えるんだろ?」

「そりゃ使えはするが……しけた爆竹や、ちょっと静電気が出るだけの葉っぱじゃぞ? そんなもの何に……」


 と言いかけて、パロは察したような表情になった。


「……ふむ、そうじゃったな。おぬしにとっては‘ごっこ’で十分なのじゃったな」

「へへへ、そういうことだ」


 道具使いの俺にとって、これは正真正銘大魔術師になれる夢のキットというわけだ。

 そうして自分用の買い物を済ませた頃、大きな箱を抱えたリリアが駆け寄って来た。


「ほりだしもの!」

「おっ、お土産決まったのか? 俺にも見せてくれよ」

「あいっ!」


 と手渡された箱を開ければ、中に入っていたのは二枚の手鏡。鏡面自体は綺麗だが、縁や持ち手には装飾もなく安物のように見える。……が、その鏡を目にした途端、パロとセラが揃ってすっとんきょうな声をあげた。


「――お、お前たち……!」

「――こんなところにおったのか……!」


 二人が叫ぶや否や、鏡面がぼんやりと光り始める。そして次の瞬間、両方の鏡面に瓜二つな少女の顔が浮かび上がった。


「も、もしかして……」

「『ミラ』と『ミル』……≪フェアリーズミラー≫の姉妹じゃよ! わしらの同胞じゃ! アムネス様が討たれた際の騒乱で行方知れずになっていたのじゃが……まさかこんなところにおったとは……!」


 どうやらこの鏡自体、ポチたちと同じ魔族であるらしい。となればやることは決まっている。


「おい、店主! こいつをもらおうか!」



※※※



「さすがはリリア様です! やはり次代の王はあなたしかおりません!」

「アムネス様の血かのぅ。どこにいても眷属を見つけだすとは」

「おてがら!」


 店を後にしたのち、三人はウキウキと笑顔を交わしていた。なにせ生き別れた仲間と再会できたのだ、そりゃ嬉しかろう。もちろん、俺だって眷属が増えたことは素直に喜ばしい。……喜ばしいのだが……その代償は文字通り安くなかった。


「くそ、あの店主、めちゃくちゃぼったくりやがって……!」


 店主はあの鏡が魔族だとは知らなかったようだが、『魔王領の戦利品』ということでとんでもない額を要求してきたのだ。お陰で財布はすっかり軽くなり、続く食料品調達で無事すっからかんに。プチ小金持ち気分は早々に終了だ。


(けど、まっ……別にいいよな)


 リリアの抱えた箱の中では、鏡の姉妹が嬉しそうに微笑んでいる。魔王領から連れ去られてから今まで、きっとひどく心細かったことだろう。王として臣下の安全より優先することはない。それに、城で待っているポチたちにとっては何よりも嬉しい土産になるはずだ。


 ……いや、どうせ代理だし、どうでもいいんだけどな。ともかく俺としては、今日という日を乗り越えられただけで万々歳だ。


 ――だが、それは大きな早とちり。俺の長い一日はここから始まるのだった。


『――会議の開催が決定されました。至急お集りください――』


「っ?!!」

 

 背後から不意に響く無機質な声。咄嗟に振り返ると、そこには奇妙な人型が立っていた。


 全身が紙でてきた人型――人間の形をしてはいるが、目も耳も口もなく全身がのっぺりした白一色に覆われている。


 そんな不気味な人型がいつの間にか背後に立っていたのだ。


「こいつ、一体どこから……?!」

「何者だっ?! 名を名乗れ!」

『会議の開催が決定されました。至急お集りください』


 微塵の気配も前触れもなく、唐突に出現した未知の存在。咄嗟に臨戦態勢に移るが、当の人型は何ら気にした素振りも見せず、ただ機械のように繰り返すのみ。


 その時、パロは一早くその正体に気づいた。


「こやつ、もしや……【契約と覗き見るものたちの王】の≪シキガミ≫か……!?」


 だが眼前の異形はそれにすら答えないまま、無機質に告げるのだった。


『それでは転送を開始いたします。3、2、1……』

「は? て、転送? 一体どこに――?!」


 その瞬間、全員の足元に魔法陣が展開する。そして体が浮き上がるような感覚を覚えた刹那――景色が真っ白になった。

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