第2章 戦うということ
第6話 『庇護者の法衣』
「ちくしょう……まさか、異世界まで来てバイトかよ……」
その日、俺は何度目かになる絶望の溜息をついた。
「仕方ないじゃろう? 他の者たちはさておき、わしらは食べねば生きていけぬのじゃから。むしろ、たった数人の家臣も養えぬようでは王の底も知れるというものじゃ」
「パロの言う通りだ。王とは家臣あっての王。当然の責務だな」
「りくー、がんばれー!」
「お、お前らなあ、こういう時だけ魔王扱いしやがって……」
ここは『アルワン村』――魔王城から徒歩で二時間ほどの距離に位置する小さな村だ。俺たちは今、本日の飯代のため出稼ぎに来ていた。(ちなみに、ポンコツたちはお留守番だ。やたらついてきたがっていたが、歩く度にネジやら土くれやらがぼろぼろ落ちていくやつらを連れて来れるはずないだろ?)
「つーか、お前らはなんでついてきてんだよ……」
「貴様一人では心配だったからに決まっているだろうが。感謝して欲しいものだ」
「……とか言って、逃げないように見張る気だろ」
「そ、そんなことあるわけないぞぃ?」
「目、泳いでるぞ」
「りりあ、おてつだい! がんばるっ!」
善意で来てくれたのはリリアだけってわけか。まあいい。ともかく早いとこ金を稼がなければ。先ほどからの空腹に加えて、二時間かけて荒野を歩いてきたのだ、いい加減何か食べないと倒れてしまう。
だがその前に、どうしても気になることが一つ。
「あのさあ、今更なんだけど……もう少しマシな服はなかったのか?」
漆黒のフードに、宵闇色のコート、真っ黒なレギンスの下には濡烏色をしたブーツ。もちろん手袋も黒一色……今の俺は上から下まで全身黒づくめ。完全な中二病スタイルである。(もしくは名探偵コ○ンの犯人スタイルとも)。
最初に断っておくが、このコスプレまがいの装いは断じて俺の趣味じゃない。「
「おい、貴様、なんだその顔は! まさか、その服に不満でもあるのか!」
「『まさか』っつーか、普通に不満だよ。恥ずかしいっての」
「お、おのれ……! それがアムネス様のご遺品だと知っての言葉か!!」
『庇護者の法衣』――というらしいこの黒装束は、唯一人間たちに奪われなかった魔王の装備品だそうだ。ちなみに鑑別魔法によって表示されたその性能は……
※※※
『庇護者の法衣』(【荒野と捨てられたものたちの王】専用)
タイプ:全身防具
状態:魔王の呪い
抗物理力:S
抗魔法力:S
【愚神の庇護】:EX
【隠遁】:EX
【ステータス上昇】:EX
【自動回復】:EX
【疲労軽減】:EX
【状態異常耐性】:EX
【全属性耐性】:EX
【防汚】:EX
【防水】:EX
【致命回避】:EX
【幸運付与】:EX
【所有者適合】:EX
etc,etc……
※※※
というどう見てもチートな数値が並んでいる。さすがは魔王の装備品だ。俺、この服とタイマン張って勝てる気しないもん。だから性能に対しては何の不満もないのだが……
「やっぱこの見た目がなぁ……」
「くぅ……! アムネス様のご遺品を、このような人間に使わせねばならんとは……!」
「これ、しょうがないじゃろう。わしらでは装備することもかなわぬのじゃ。魔王であり道具使いのリクでなければのぅ」
「そもそもさ~、俺って中古の古着とかダメなタイプなんだよな~。あ、てか先代の魔王ってどんな奴だったんだ?」
『庇護者の法衣』はぴったり俺と同じサイズ。ということは人型の魔王だったのだろうと予想はつくが……
「ほぅ、アムネス様について知りたいか。それは殊勝な心掛けだ。アムネス様はな、それはもう大層美しいお方だった……! その立ち姿は可憐な百合の如く、その座り姿は雄々しき薔薇の如く――」
「そうじゃのぅ、愉快な方じゃったぞ。遊び歩くのがお好きでのぅ、丸一年城に帰ってこないこともよくあったわい。帰って来る理由は大抵賭け事で有り金を溶かしたとかで――」
「あむねす、やさしー!」
と、返って来たのは三者三様の答え。どうにもロクな奴ではなさそうだが、一つ良いことを聞いた。
「へえ、女魔王だったんだな。で、しかもめちゃくちゃ美人と……ふうん……」
なるほど。道理でこの法衣、やたら良い匂いがするわけだ。……これなら中古でもいっか。なんて思っていると、それが顔に出ていたらしい。セラが耳まで真っ赤になって牙を剥いた。
「なっ!!! き、ききき、貴様! 今、いやらしいことを考えただろう!!!!」
「いや、別に、ちょっと確認を……ほら、むさいおっさんの中二衣装とかだったら嫌じゃん?」
「ええい、うるさい! 脱げ! 今すぐそれを脱げ! 汚らわしい猿め! 脱がぬと言うのなら……無理矢理にでもっ!!」
「うわ、やめっ……いやらしいのはどっちだ!」
「りりあもっ! りりあもあそぶ~!」
「これこれ、じゃれるのもほどほどにせい。ほれ、目的地に到着じゃぞ」
と、パロが指差す先には、剣と盾が交差した紋章つきの看板が。
『冒険者ギルド』――クエストを発注したい依頼主とクエストを受注したい冒険者のマッチングシステムにして、異世界におけるハローワーク的存在。ファンタジーものではお約束の
本日の目的はここで一稼ぎすること。ただし、それをよしとしない者も。
「くっ……なぜよりにもよって冒険者どもの巣窟などに……!」
「それについては散々話し合ったじゃろうが。今すぐ金を作るにはこれしかないと」
俺の力は【
「さあ、腹をくくっていくぞい!」
そうして俺たちは冒険者ギルドへ足を踏み入れた。
「たのもー!」
「――あら? いらっしゃい。あんたたち見ない顔だねぇ」
カラン、と入り口のベルが鳴るや、受付のおばちゃんが顔を上げる。美人なお姉さんでないのは残念だが、普通の人間の顔が見れて何だかほっとした気分だ。
……が、出迎えてくれたのは彼女一人だけ。それ以外には職員も冒険者も誰もいない。というか、室内の四分の三は農作物や日用品が並ぶ店舗スペースになっていて、ギルドとして機能しているのはごくわずか。これでは「なんだあ? てめえ?」と突っかかって来る噛ませ冒険者が座る場所すらない。
ギルドというか……これただの村役場じゃね?
「あ、えっと……ここが冒険者ギルド……で、あってますよね……?」
「ああ、そうだよ! もしかしてがっかりしたかい?」
「い、いえ、別に……」
「あっはははは、いいのいいの、隠さなくって! こんな小さな村のギルドなんかに来る人、ほとんどいないんだから!」
と、おばちゃんはあっけらかんと笑う。ギルドの職員がそんなんでいいのかと心配になるが、編み物しながらお茶をすする様子を見るに、恐らく暇つぶしのためのパートか何かなのだろう。
「って言っても、先週ぐらいまではここも賑わってたんだけどねぇ。ほら、魔王討伐ってやつでさ。どこの誰が倒したんだか知らないけど、魔王領の宝を巡って冒険者たちがたーんと集まってねえ。魔王が討伐されるとどこもそうらしいのよ」
「ふんっ、何が冒険者だ。ただの火事場泥棒だろうが」
「お、おい……」
おばちゃんの話を聞いて毒づくセラ。気持ちはわかるが、今もめるのはまずい。もしもこっちが魔族だとばれたら……
だが、おばちゃんは嫌な顔一つせず頷いた。
「……ああ、ほんとにねぇ。あそこの魔王さんは人間に悪さしない良い魔王さんだったんだけどねぇ」
と、なんだか残念そうに語るおばちゃん。その様子で気勢がそがれたのか、セラは大人しく口をつぐんだ。
「それで、今日のご用件はなんだい?」
「おしごと!」
「あ、えーっと……クエストを受けたいんだけど……」
「なら冒険者登録は済んでるかい?」
「と、登録?」
なんだそれは、初耳だぞ。
「やっぱり初めてかい。なーに、すぐ済むから心配しなさんな!」
豪快に笑いつつ、おばちゃんはカウンターの下から水晶玉を取り出した。
「ほら、ここに手置いて。あとはこの玉が勝手にやってくれるから」
恐らくはパロの鑑別魔術と似た魔法が付与されている水晶玉なのだろう。冒険者として登録する前にこれで素性を調べるわけだ。……いや待て、それってまずくないか? 万一『職業:魔王』とか表示されたりしたら大騒ぎになるんじゃ……?
だがそんな不安に駆られた時、後ろからパロが囁いた。
「大丈夫じゃ、ほれ、言う通りにせい」
「あ、ああ……」
俺は促されるがまま水晶玉に手を乗せる。そして数秒の後、玉の表面に浮かび上がったステータスは……いつか見たとんでもなくしょぼいあの数値だった。
「うわあ、しょっぱいねえ! おばちゃんびっくりしちゃったよ! あんた大丈夫かい?」
「いやあ、まあ、これからっスよ、ははは……」
愛想笑いしながら、俺はほっと胸をなでおろした。職業は『無職』のままだし、装備品も『駆け出し冒険者の黒衣』に名前が変わっている。恐らくは『庇護者の法衣』の【隠遁】アビリティによるものだろう。……いや、冷静に考えると嬉しくはねーけど。
「さてと、これであんたの分は登録できたけど、そっちの子たちはどうするね?」
水晶玉に小さな銅プレートをかざしながら問うおばちゃん。プレートにはみるみるうちに俺の名前やランク等の情報が焼き付けられていく。これが冒険者の登録カードってわけか。
「わ、我々はいい。気にするな」
「うむ、大丈夫じゃ」
「りりあ、ほしー!」
「あはは、お嬢ちゃんはもうちょっと大きくなったらね!」
さすがにこいつらは人間じゃないとバレるからな。
「はいよ、じゃあおにいちゃんの分の登録カード。これでクエスト受注ができるようになるからね! あ、ただし、不履行とかがたまると
「あ、どうもっす。じゃあ早速クエストを受けたいんだけど……」
「はっはっは、若いねえ! いいよいいよ、おばちゃんがとっておきのクエスト紹介したげるから!」
そう言っておばちゃんは自信満々に胸を叩くのだった。
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