第5話 魔王(代理)就任

「よいか、この先は大声を出すでないぞ。……まだお休み中なのでな」

「は? ‘おやすみ’……?」


 通路奥の扉前にて立ち止まったパロは、何やらおかしなことを口走りながら扉を開ける。

 その先に待っていたのは、金銀財宝が踊る宝物庫……ではなく、なんとも質素な寝室。そしてそのベッドの上では、一人の童女が寝息を立てていた。


 おい、まさか、守らなきゃいけないものって……


「この御方こそ、亡き主・アムネス様の忘れ形見……‘リリア’様じゃ」

 

 ぷくっと膨らんだ頬に、ちんまりした手足、無防備であどけない寝顔……年齢としてはまだ4歳ぐらいだろうか。『リリア』と呼ばれたその幼女は、まるで本物の人形のような愛らしい顔立ちをしている。外見的には普通の人間にしか見えない。


 ……が、‘忘れ形見’ということは――


「まさか……この幼女が魔王の娘……?」

「うむ、その通りじゃ」


 と頷いたパロは、「じゃがのぅ……」とその先を続けた。


「王の座を継ぐには、リリア様はまだあまりに幼く、未だ無力じゃ。それでも魔王の血族が生き延びていると知れば、また人間たちが攻めて来るかも知れぬ。しかも西方からは【宝石と謀るものたちの王】が空席となった座を狙って手を伸ばしてきておる。悔しいが……わしらの力ではリリア様をお守りするのは難しい。だから……わしらは人間の『異世界召喚』の呪法に頼るしかなかったのじゃ……」


 そう説明するパロの声音からは、深い葛藤が滲み出ている。人間からも魔族からも狙われた結果、最後の手段として主を殺めた転移者に頼るしかなかった……さぞかし苦しい選択だっただろう。

 さすがの俺だってその気持ちぐらいはわかる。だけど……


「でもさ、それって要は、俺に『身代わりになれ』ってことだろ?」

「……え、そうかのぅ?」


 と、目を泳がせてすっとぼけるパロ。お前、今思いっきり「やべ、気づいた?」みたいな顔しただろ。パロの後ろではポンコツたちも顔をそらしているし、逆にわざとらしいっつーの。ツライ身の上話で同情を買おうったってそうはいかない。『人間からも魔族からも標的にされる没落魔王』なんて貧乏くじ、誰がひいてやるものか。


「悪いがお断りだね! 影武者役なんて俺にメリットねーじゃん」

「き、貴様! この話を聞いた上でそのようなことを……! お前に人間の心はあるのか?!」

「魔族に言われたくねーっての! だいたい、人のこと散々ダンゴムシだのなんだのけなしやがって、虫が良すぎるってんだよ」

「じゃ、じゃから、それはすまぬと言ったじゃろう? こちらとしても本当に転移者か確認できなかったのじゃ……」

「そうだそうだ! あれだけ謝ったというのに、ケツの穴の小さな男だな!」

「いや待て、お前は「くっ……!」しか言ってないだろ!」


 まったく、この期に及んで逆ギレとは呆れたものだ。

 あー、もう完全に協力する気なくしたわ。


「とにかく、俺は絶対に魔王になんかならないからな!」

「そうか、意志は固いか……ならば仕方がないのぅ……」

「ああ、そうだな。仕方がない……」


 と、思ったよりあっさり引き下がる二人。……が、残念ながらそこには続きがあった。


「仕方がないから……実力行使しかないみたいじゃのぅ!」

「【万象昇華アイテムマスター】と言っていたな? 確かに珍しい能力だが、逆に言えば徒手の貴様などただのダンゴムシ! 我らでも容易くほふれるというもの!」

「なっ、お、お前ら……!」


 とか叫びながら、ポンコツ共々狂乱した目で迫って来る二人。こいつらどこまで汚いんだ。


「申し訳ないとは思っておる! じゃがわしらも必死なのじゃ! 頼む!」

「さあ、選べ! 我らに従い魔王となるか、死してすべてを失うか!」

「め、めちゃくちゃだ……!」


 魔王の押し売りなど前代未聞。もはや手段は選ばぬという気迫が滲み出ている。その必死さがただただ怖い。

 けれど、そんな窮地に一筋の光が差した。


「――いじめちゃ、めっ!」


 唐突に響く甲高い声。と同時に、俺を庇うように小さな影が立ちはだかる。――その幼い救世主こそ、先ほどまですやすや寝ていたはずのリリア本人であった。

 

「り、リリア様……お目覚めに……!」

「こ、これはいじめとかではなくてのぅ……」

「めっ!」


 と、舌ったらずな言葉で大真面目に叱りつけるリリアは、それからくるりとこちらに振り返った。


「りりあ、まもったげる!」


 そうしてリリアは天使のような笑顔でにかっと笑う。

 初対面の相手だろうが、困っているなら身を挺して助ける。そこには何のためらいも打算もない。まったく、幼女というのは本当に恐ろしいものだ。こんな主人公みたいなことを平然とやってのけるなんて。これじゃまるで……保身のためだけに逃げ出そうとしている俺が悪者みたいになっちまうじゃないか。

 

「……あー、くそ……わかったよ……やりゃあいいんだろ……」

「おお!」

「や、やってくれるのか……!」

「あ、あくまで代理だからな!」


 まあ真面目な話、こちらはもう【宝石と謀るものたちの王】とやらと敵対してしまった。デーモンには顔も見られているし、俺のことを『新しき王』とか言ってくれちゃったせいで今更「無関係です」と言って聞き入れてもらえるはずもない。ならむしろ、事情に詳しい味方がいた方が安心だろう。……まあ、頼りにはなりそうにないが。


「で、魔王になるとは言ったけど……具体的にはどうすりゃなれるんだ? まさか、変な儀式で魔物になれとか言わないよな……?」

「ほっほっほ、案ずるでない。継承の儀は王の座により様々じゃが……わしら【荒野と捨てられたものたちの王】の場合は簡単じゃ。――ほれ、みな。さっさと済ませるぞ」


 そう言うと、パロは突然俺の前にひざまずく。いや、パロだけじゃない。ポンコツ四人衆に加えて、あのセラまでもが恭しく膝をついたのだ。


「お、おい、お前ら……? いきなりなんだよ……?」


 予想外の事態に思わず問う。だがパロたちは答える代わりに、揃って一節の祝詞のりとを口にした。


「『我ら捨てられし者、新たなる王に永久とわの忠誠を誓う。我らがそなたを必要とし、そなたが我らを必要とする限り』」


 その残響が消えた刹那、左手に燃えるような熱を感じた。咄嗟に視線をやれば、手の甲にじわりと浮かびあがる不可思議な紋様が。

 鎖が絡みついた一本の剣――どこか象徴的なその紋章は、しかしほんの数秒で消えてしまった。


「おうさまっ!」


 次の瞬間、笑顔で飛びついて来るリリア。それが引き金となって、ポンコツたちも各々立ち上がる。どうやら儀式は終わったらしい。本当に簡単だったな。

 かくして俺は無事魔王に就任……したはずなのだが、特段強くなったような感じはしない。魔王といっても単なる名目上のもののようだ。

 ……ただし、俺以外にも変化がなかったかといえば、そうでもないらしい。


「ふーん、魔王になるってこんなもんか……なんか全然変わった気がしねえな」

「そ、そうじゃのぅ……」

「ふ、ふん、当たり前だ……座の力を受けるには、相応の資格が必要なのだ……」


 そう答えるセラたちの顔がなんだか少し赤く見える。後ろではポンコツたちがやたら元気に飛び跳ねているし、何かあったのだろうか?


「おい、お前らどうした? なんか様子が……」

「な、なんでもないっ……!」


 と、いやに焦ってそっぽを向くセラ。それに代わってパロが説明してくれた。

 

「王と眷属というのはのぅ、特別な絆を持つのじゃ」

「絆……?」

「うむ。そのつながりを通して、眷属には王の力や気質が流れ込んでくるのじゃよ。つまり、今のわしらにはおぬしの力が流れているということじゃ」

「へえー、じゃあお前ら強くなったってことか?」

「はははっ、スライム以下の力を分け与えられたところで変わるわけがないだろう!」

「て、てめえ……!」


「まあ、そうじゃのぅ。力そのものは正直役には立たんのぅ。じゃが……おぬしの気質は、どこかアムネス様に似ておるのじゃ。そなたもそう思うじゃろう、セラよ?」

「なっ……そ、そんなわけあるものか! こんな冴えない人間があのアムネス様と似ているなど、おこがましいにもほどがある!」

「冴えないって……お前なぁ、俺は王だぞ? 『ご主人様』とか『マイロード』だろうが!」

「ふん、代理をなんと呼ぼうと私の勝手だろう」

「この野郎……!」


 メイドの格好をしている癖に、主を敬う気は一切ないらしい。こいつには一度きちんとわからせる必要がありそうだ。

 なんてことを考えていたその時、「くー」と可愛らしくお腹の鳴る音がした。


「はらぺこ!」


 と、素直に申告するリリア。その瞬間、セラが脱兎のごとく駆け出した。


「リリア様、少々お待ちをっ!!」


 そして僅か数秒後、どこからともなくパンとミルクを持って来るセラ。こいつ、メイドモードになれるなら俺にもそうしろっての。


「うまし!」


 味気なさそうなパンを、リリアはおいしそうにはむはむ頬張る。その様子を見ていたら、なんだか俺も腹が減って来た。


「なあ、俺にも食い物くれよ。腹減っちまったよ」

「ほぅ、そうかそうか。それはちょうどいいのぅ。おぬしの方からそれを提案してもらえるとは」

「は? どういう意味だ?」

「いやあ、実はのぅ……この城にある食糧は、今ので最後なのじゃ」

「え? いや、はぁ?! 嘘だろ? マジで言ってんの……?」

「くどいぞ! ないものはないのだ!」


 そりゃこいつらの窮状を踏まえれば、俺だって豪華フルコースを期待していたわけじゃない。だが、まさか今日の糊口をしのぐことさえできないレベルだったとは。


「というわけで、我が王・リクよ。おぬしの初任務が決まったのぅ。――可愛い家臣たちのために、食い扶持を稼いできておくれ」

「はあ~?!!!」


 こうして俺の魔王初仕事は、まさかのアルバイトに決定したのだった。

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