第3話 【アイテムマスター】

 地下室の先、長い螺旋階段を抜けてたどり着いたのは、一見石壁のように見える大きな扉だった。恐らくは壁に偽装された隠し戸なのだろう。


 俺は扉を少しだけ開けると、隙間からそっと外の様子を覗き見る。すると、目に入ったのは城の大広間ホールと思しき広大な空間。そしてセラと魔物たちは、広間最奥部に据えられた玉座の周りに立っていた。ただし、先ほどよりもずっと警戒した表情で。


「貴様ら、土足で我が城に踏み入るなど……!」

「礼儀というものがなっておらんのぅ……!」


 と、臨戦態勢で構えているセラとパロ。そんな二人の視線の先にいたのは……見るも恐ろしい魔物の集団だった。


「――ククク、そう警戒するなよ、ガラクタ諸君」


 捻じ曲がった二本の角、背中から生えた漆黒の羽、髑髏に似た恐ろしげな相貌――セラたちと相対しているのは、ゲームに出て来る『デーモン』にそっくりな五体の魔物。いずれもめちゃくちゃ強そうだ。


「よく聞け、ガラクタども。用件は前回と同じ――‘例のモノ’を寄越せ」

「ふん、返答は前回と同じだ――貴様らなぞに渡すものなど一つもない!」


 と、両陣営で何やらもめているご様子。


「そうかそうか、平和的解決は無理、と。ならしょーがねえなあ。――ヴィルバムート様からの命令だ。無理矢理持ち帰らせてもらおうか」


 実力行使を宣言したデーモン(仮)は、一歩前へと進み出る。その途端、セラの後ろからあのゴーレムたちが進み出て、デーモンの行く手にずいっと立ちはだかった。


 機械のドラゴン、巨大なゴーレム、動く鎧に、枯木の亡霊……ぼろっちい見た目のせいであまり格好がつかないが、こうして臨戦態勢で並ぶと結構強そう――


「――どけ、ポンコツどもが」


 と、デーモンがひとなぎ腕を振るった瞬間、ゴーレムたちは見えない力によってあっさり壁まで吹っ飛ばされた。一撃KOである。


 なんだよ、マジでポンコツじゃねーか。


 だが、入れ替わるようにセラとパロが立ちふさがると、さすがのデーモンたちも足を止めた。


「ぬしら、前回もそうやって追い返されたこと、忘れたわけではあるまいな?」

「ここから先へは一歩も進ません!」

「ククク……そうだな、認めよう。お前たちはそれなりに強い。だが――」


 と言ってデーモンが取り出したのは、子供の握り拳ほどもある大きなルビー紅玉だった。


「――我らには主より賜りし力がある! その神髄、今見せてやろう!!」


 そう叫びながら宝石を掲げたデーモンは、何かしらの呪文を呟く。すると、ルビーは粉々に砕け散り――代わりにとんでもなく巨大な炎の塊が現れた。


「くっ……!」

「こ、これは……!」

「さあ、選べ! 大人しく我が王に従うか、死してすべてを失うか!」


 デーモンは勝利を確信して笑う。なにせ、直径30メートルを超えるサイズの豪火球を展開しているのだ。ぽいっと腕を一振りすればセラたちなど骨まで灰にできる。デーモンたちの勝利は揺るがないだろう。


「クハハハハ! 主すら守れなかったガラクタどもが、なーにが『ここから先へは進ません!』だ! 笑わせてくれるじゃねえか! ガラクタはガラクタらしく、物置にでも引っ込んでいろ! お前らにはそれがお似合いだ!!」


 と、ウキウキで煽り文句を並べ立てるデーモン。それを傍から見ている俺としては……実に胸がスカッとする思いだった。


 ああ、まったくもっていい気味だ。勝手に呼び出しておいて、散々ダンゴムシだの失敗だの馬鹿にしやがって。他人へのリスペクトがないからこんなことになるんだ。俺はここから奴らの敗北する瞬間を見届けるとしよう。


 そうだ、あいつらがどうなろうと俺には関係ない。幸いデーモンたちはこっちに気づいていないみたいだし、あいつらがこれで消えてくれれば俺は晴れて自由の身。恨みこそあれ、助けてやる義理なんてないんだ。ヒーロー気取りでいらぬ危険を冒すなんて馬鹿のやること。傍観するのが正解だ。


 ――だって、そうやってこれまでだって生きて来たんだから。……あのくだらない、誰からも必要とされない人生を。


 『――頼む、わしらを助けて欲しいのじゃ!!』


 なぜだろうか、今になってふと、さっきのパロの言葉を思い出す。俺に助けを求めたあの時、パロの顔は本当に真剣だった。


 そういえば、いつぶりだったっけ。こんな俺が、誰かに必要とされたのは――


「――あ、あー、こほん。そろそろ俺の出番ってことでいいか?」


 ――気づいた時、俺は隠し扉から飛び出していた。


「ああん? なんだお前」

「おぬし、なぜ……!」

「馬鹿者、さがっていろ……!」


 デーモンたちは当然として、セラたちもまた驚いたようにこちらを見る。

 ああ、わかってるよ。さすがにこいつは馬鹿げてる。どうあがいたって勝てるわけない奴らを相手に、俺一人で出て行ったところでなんになるっていうのか。我ながら呆れるよ。でも仕方ないだろ? なんたって俺は『知能:G』、馬鹿な行動ぐらいするさ。


「ったく、勘弁してくれよ……興がそがれるじゃねえか。道に迷った冒険者か? それとも寝場所のねえ乞食か? ま、どっちでもいいや、さっさと殺して来い」

「ああ、わかってるって」


 かったるそうに呟きながら、デーモンのうちの一体がゆっくり向かってくる。そりゃどう見てもひ弱な人間、しかも丸腰の俺なんか奴らにとっちゃハエみたいなもんなのだろう。


 だけどな……馬鹿には馬鹿なりの考えがあるんだよ。


 俺は後ずさるふりをして、唯一の勝機に手を伸ばす。

 それは壁に並んだ燃え盛る松明。その一つを掴んで、俺は念じた。


 燃えろ、

 燃えろ、

 燃えろ――!


 そう、馬鹿みたいに見えるかもしれないが、これが俺の見出した唯一の可能性。俺は自分でも自覚していないまだ見ぬ能力に賭けたのだ。

 そしてその賭けは――成功した。それも、俺の考えていた十倍、いや、百倍のリターンとなって。


 どんっ、と全身に衝撃が走る。

 それが超高温によって膨張した空気だと理解した時には、大広間の天井一杯に巨大な炎の龍がとぐろを巻いていた。


「は……?」

「こいつは、魔法か……?」

「ありえねぇ、この規模……最上級クラスじゃねえか……!?」


 突如出現した業火の龍を前に、揃って言葉を失うデーモンたち。天井を埋め尽くすほどの獄炎と比べれば、奴らの火球などノミみたいなものだ。

 だが、奴らは一つ勘違いしている。これは魔法の炎なんかじゃない。なにせ、龍の尻尾をたどれば、その根元は俺の握った松明から伸びているのだから。


 ――【万象昇華アイテムマスター】――


 自然と頭に浮かんだその単語こそ、俺が唯一手に入れたチート能力。その効果はごくごく単純――対象物の‘強化’だ。

 セラに当身を受けたあの時、俺は無意識にパジャマを‘強化’していたのだろう。だから腹部は平気でも、何も装備していなかった頭ではダメージを食らったのだ。

 もちろん全然違う能力な可能性もあったし、そもそも松明を強化したところで武器として使える確証もなかった。ただ少しでもデーモンたちの注意を惹ければ、その隙にセラたちが何とかすると思って飛び出したのだ。


 そして……結果はこの通りである。


「ふはははは、見たか、これがわしらの新しき王の力! さあ、選ぶがよい! 大人しく帰るか、死してすべてを失うか!」


 恐れおののくデーモンたちに向かってパロが叫ぶ。

 もはや奴らに選択の余地などなかった。


「――フンッ、愚かなガラクタどもが! 大人しく我が王の慈悲を受け入れていれば、転移者どもへの復讐も叶ったものを! ――退くぞ、お前ら!」


 そうしてデーモンたちはすごすごと退散していく。と同時に松明が燃え尽きて、炎の龍は跡形もなく消えてしまった。


「……ははは、なんとかなったな……」


 なんだか急に力が抜けて、俺はパロたちの方へ振り返る。一応これで俺は命の恩人。さすがにねぎらいの言葉ぐらいあるだろう。


 ……が、振り向いた俺の目に飛び込んで来たのは、こっちに向かって猛突進してくるゴーレムたちの姿だった。


「……へ?」

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