オタクでも高嶺の花に勝てますか?

@asul

読み切り1話

「なんで皆この作品をクソアニメっていうんだよ!」

 彼…西影 亮(にしかげ りょう)は唐突に声を荒げた。

「ちょっと静かにしなさいよ。ここ図書室なんだから。」

 私…東条 奏実(とうじょう かなみ)はそんな彼に鬱陶しげに注意した。

「別にいいだろ。どうせ僕たち以外誰もいないんだから。」

「まぁ、それもそうね。」

「それよりも東条もおかしいと思わないか。『こじらせ異世界』は神アニメだよな?」

「そんなわけないでしょ。あれは正真正銘のクソアニメよ。」

「あれのどこがダメなんだよ?」

「まずは作品名。『厨二病をこじらせた俺は異世界で本当に闇の龍を体に封印しました』っていう名前自体がな○うっぽくてダメ。さらにシナリオもダメね。厨二病をこじらせた主人公が異世界転移して、転移た先がなぜか厄災と言われる闇の龍の住み処なのよ。さらには話をしたらなぜか気に入られて主人公の体に封印され、そのおかげで主人公が超パワーを手に入れて異世界で無双する。この展開がクソすぎる。最後はに、出てくる女性キャラの胸が皆大きいし服も露出が激しすぎる。この明らかに男の夢を集めました~っていうのが無理ね。」

「そ、そこまで言わなくてもいいだろ…」

 彼は目に見えて落ち込んでいる

「まぁ、西影がな○う系の異世界チートとか異世界無双とか異世界ハーレムが好きなのは今に始まった話じゃないけどね。」

「どうせ俺が好きなアニメはクソアニメだよー」

「わかればいいのよ。」

「うっ…」

「落ち込むなら言わなければいいのに」

 私たちは週に2日…私が図書委員で放課後に図書室にいるときはいつもこんな感じでラノベやアニメの話をする。

「今日は思ったより早く人がいなくなってよかった。夏アニメが始まったから話したいことが沢山あるんだ。」

「そうね。まだ全作品は見れてないからどれがクソアニメかわかるから丁度いいわ。」

「またそうやって言う!」

「はいはいすみませんでしたー」

「全然感情がこもってないな…」

 そう、彼が話しかけてくるのは決まって図書室に誰もいなくなってからだ。それまでは隅のほうでラノベを読んでいる。なので、少ししか話せないこともあるし今日みたいに沢山話せたりすることもある。他に人がいるときに話しかけてこないのは声が周りの迷惑になるという罪意識があるのかそれとも彼が陰キャだからなのか。おそらく後者なのだろう。

 私はもっとあなたと話したいのに…

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 私が彼に出会ったのは今年の春…この高校に入学して間もない頃だった。私はもともと本を読むのが好きなので図書委員になった。そして図書室で当番をしていると彼が声を掛けてきた。

「あ…あの…『はたらく騎士団長!』の5巻はいつ頃返却されますか?」

 彼は少し恥ずかしそうに言った。

「すみません、それ私が借りてるんです。来週までには返却しておきますね。」

「わかりました。」

 そういって彼は帰っていった。

(へぇ~この人もこの作品を読んでるんだ)

 今までは恥ずかしくて周りとラノベ関係の話を避けていた。なので私は、自分と同じ作品を読んでいる彼と話したいと思った。


 そして1週間後、彼はまたやって来た。

「あ…あの」

「はい。あ、君は先週の…」

「そうです。あの…」

「あ~『はたらく騎士団長!』なら返却しておきましたよ。」

「ありがとうございます。」

「あの…この作品好きなんですか?私の他にこれを読んでる人はじめて見たので。」

「はい、ストーリーが好きなんです。僕もこの作品を読んでいる人と初めて会いました。」

「ですよねー。じゃあ他にはどんなのを読んでるんですか?」

「あとは・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そんな感じでお互いに気兼ねなくラノベやアニメの話ができる仲間を見つけた。

 それからは私が当番の度にこの作品は面白いとか、このアニメはクソだとかそんな他愛のない会話から互いのお勧めを貸して、それを読んで評価しあうこともした。

私たちは、たまに好きな作品は被ることはあっても趣味が合うということはなかった。でも、自分の知らない分野について知れるので決して嫌ではなかった。むしろ、彼と意見を言い合うのが楽しいと思っていた。

 1ヶ月ほどして、私の彼へのこれまでにない感情が芽生え始めた。

 彼は自分の好きなアニメ(主にクソアニメ)などを語るとき、子どもが大人に自分のした発見を興奮冷めやらぬまま説明するときみたいな目をしている。そんなまっすぐで輝いている表情を可愛いと思った。自分の好きな作品のネット評価をみて落ち込んだりしている姿が可愛いと思った。彼が早く私と話したいのかチラチラとこちらを見てくるのが可愛いと思った。その他の彼の一挙一動が可愛いと思うようになっていった。

 この感情の原因が何かと理解するのにそれほど時間がかからなかった。

   あぁ…私は西影亮が『好き』だ。

 この気持ちに気づいてからは彼と話すのがより楽しみになった。少ししか話せないと寂しくなってしまう。彼ともっと話したい。彼ともっと一緒にいたい。彼は私をどう思ってるか気になってしまう。もしかしたら彼も・・・

 ううん。この気持ちは心の中にしまっておこう。今はこの関係で我慢できているのだから。これ以上求めてはダメだ。いや、本当は表に出して今の関係が壊れてしまうのが怖いだけなのかもしれない…

 今はこの関係に甘えておこう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 夏休みが近づいてきたある日

 それは彼の口から唐突に放たれた。

「好きな人ができたかもしれない」

「何のアニメのキャラ?」

「違うわ。・・この学校の先輩だよ。」

「え!?」

「おい、静かにしろよ。お前がいつも言ってることだろうが。」

「ごめんごめん」

(彼が急に変なことを言い出すからつい大きな声を出してしまったわ。今日はいつもよりそわそわしてたから何か言いたいことがあるんだろうとは思っていたけど…)

「で、なんで急にそんなこといいだしたの?」

「実はこの前・・・」

 彼の話を纏めると、学校で優しくしてくれた先輩がいてその先輩の事が気になっているということらしい。

「あのねぇ、そういう人は皆に優しいの。別に西影だから優しくしてくれたわけではないの。まったく、これだから陰キャは。」

「それぐらいわかってるさ。でも…」

「そんな人とあんたが釣り合うの?」

「そ、それは…」

「それにそんなにいい人だったら絶対彼氏いると思うよ。早めに諦めるが吉だと思うけどな~。」

「わかってるって言ってるだろ!」

 彼は声を荒げた。

「わかってるさ。僕が彼女と釣り合わないことも、彼女が僕みたいな陰キャなんて見てないことも、告白してもムダだってことも、そもそも告白する勇気が僕にはないことも…全部わかってるさ。・・今日はもう帰る。」

 そう言い残して彼は図書室から出ていってしまった。

 私1人しかいない図書室はとても静かで無駄に広く感じた。

「どうしてあんなこと言っちゃったんだろ…」

 そうポツリと呟くが理由はわかっている。

 羨ましいんだ。彼に好意を向けられている名前も知らない先輩が。

 腹立たしいんだ。八つ当たり気味に嫌味ばかり言ってしまう自分に。

「私なら確実にいけるんだけどな…」

 彼女の言葉は虚空に消える。

 だめだだめだ。この感情は心の中にしまいこんだはずだ。出てきたらもうどうにもできやしない。

(もう今までの関係じゃ満足できないかも…)

 変わらないといけない、これまでの関係に甘えていた自分を捨てなきゃいけない。

 図書室の中だけでなく外でも彼と話したい。彼と一緒に下校もしてみたい。もうすぐ夏休みなので、待ち合わせなんかして一緒に本屋に行ってみたい。可能ならば…その…つ、付き合いたい…かな。

(な、なに考えてるんだろう私。)

「あ、もうこんな時間か…」

 そんな感じであれもあれもと考えているうちに、図書室を閉める時間になってしまった。

 彼女は図書室を施錠すると職員室に鍵を返却するためにまだ明るい廊下を歩き出した。

 さっきのことはきちんと彼に謝ろうという決意。そして、彼を夏休みに本屋に誘おうというほんの少しの勇気を持って。

 その帰り道、彼女の表情は真夏の空のように晴れやかなものであった。

(名前も知らない先輩なんかに負けるもんですか!)


心から溢れでた『好き』はもう元には戻れない

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