第4話

 秋田葉太はハンターだ。

 太古の昔より人の世に蔓延り、人を喰らう【奴ら】を狩る、戦士の一人だった。

 【奴ら】は人界に紛れ、その営みを狂わせる。

 【奴ら】の魅了の術は、自分の姿を相手の望むものに紛らわせる。そのものが最も愛しく思うもの、もっとも求める姿を【奴ら】に重ね合わせるようにして、相手を己の虜にしてしまう。

 誰も【奴ら】を害することは能わず、【奴ら】は悠々と食事を始める。

 そして最も厄介なことは、この術を防ぐことは出来ても、防いだことを隠すことができないということなのだ。


 【奴ら】の術を防ぐところまでは大して難しくないのに、防いだならば防いだことが【奴ら】にも伝わってしまい、逃げられてしまうのである。

 だからハンターは、【奴ら】が被害を出した後でしか動くことができない。今まで幾度となく繰り返されてきたハンターと【奴ら】との戦いの中で、ハンター側が被害を未然に防ぐことができたことは一度もないのであった。


 そんな戦いを幾度となく繰り返す中で、やがてハンターたちは一つの兵器を生み出した。

 術を防ぐのではない。

 術にかかったままで【奴ら】を害せるようになればよいのだ。


 葉太は作られた子供であった。

 暗闇を見通す目。血の一滴を見逃さない嗅覚。人間の限界に限りなく近づけた反射神経。

 そして、幼少の頃より行われた洗脳教育。

 

『何かを好きになってはいけない』

『何かに執着してはいけない』

『誰かを愛してはいけない』

『それでも、大切なものができたなら。愛しいものができたなら』

『殺せ』


 最初はお気に入りのおもちゃだった。

 次に、大好きな絵本。

 傷ついたところを保護してやった小鳥。

 そして――。


『ねえ、葉太。私、あなたのことが好きよ』

『ええ、私もです。志野』


 同じくハンターとして育てられ、鍛えられ、共に同じ道を歩もうと誓った、同い年の少女。


『『だから、殺す』』


 雄体の【奴ら】と、雌体の【奴ら】。

 それぞれに仇なすために鍛え上げられていた二人の兵器は、互いに恋をしてしまった。

 二人は教えに従い互いを殺し合い、そして、一人だけが生き残った。

 そのことに、葉太は何の疑問も抱かなかった。

 ただ、空虚な魂に、朽ちた風が吹いただけだった。


 心から愛するものを、躊躇わず、いや、それどころか嬉々として縊り殺す男。

 この事件は葉太を育てたハンターたちに、この無道なる試みが成功した喜びと、それが半分失われた落胆とを同時にもたらした。

 かくして葉太は本格的なハンターとして【奴ら】を狩り始めることとなる。

 葉太がこれまでに屠った【奴ら】の数は七体。

 その度に、葉太は【奴ら】の姿にかつて愛し合った少女の姿を重ね見ては、それを殺すことを繰り返してきた。


 そして、八体目のターゲットとして選ばれたのが、元より長命の【奴ら】の中でも破格の歳月を生きる、【桜魔おうまの女王】と呼ばれる個体。


 当代の世においては、春川桜子と名乗る、化生であった。


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