第三章 降霊会


 美人女霊能師が一晩に連続して二度も襲われたことは大きなニュースとなって新聞テレビで大々的に報じられた。

 普段あまり縁のない芸能リポーターや報道記者に押し寄せられ、芙蓉も紅倉も辟易した。

 芙蓉は

「まさかこんな下らないことで襲われるなんてねー。先生が襲われるとしたら絶対金銭がらみだと思っていました」

 とようやくのんきに言った。紅倉はむっとして

「どういう意味よ?」

 と芙蓉を睨んだが、紅倉もようやくショックが落ち着いていつもの調子が戻ったようだ。

 お屋敷はとにかく広くて部屋数があるので二人は庭から奥の部屋に引っ込んで、破壊された部屋の後片づけは業者に任せてある。襲撃は予想されていたことなので愛用のお茶飲み道具など私的に大切な物は事前に避難させておいたが、金銭的にはせいぜい大きく見積もってもらって、犯人どもを真っ青にさせてやる。

 とそんなところへ、

 三津木から電話があった。


 お見舞いかそれとも番組のネタに取材させろと言ってきたのかと思いきや、三津木は番組宛てに掛かってきた視聴者の相談事を紹介した。

 彼女の恋人が、幽霊の女に取り憑かれているらしい、と。

『いえね、どうもその幽霊って言うのが、あの、例の美人幽霊らしいんですよ?』

 と、三津木は実に嬉しそうだ。いつもながらに芙蓉は三津木の厚かましさに腹が立った。思えば先生と自分がこんなひどい目に遭っているのは元はと言えばその美人過ぎる女幽霊のせいだ。

 先生に電話の内容を取り次ぐと、紅倉は

「あっそう。じゃ、お話を聞きましょうか」

 と相談者との面会を承諾した。



 数日後。

 紅倉は「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」のホームページで降霊会の開催をアナウンスした。

 場所は例の公園通りで時刻は夜十一時。

 特に言っていないがターゲットは当然あの美人過ぎる幽霊だろう。

 参加は自由。ただし、

 ただし書きにこうある。

「呼びだした霊を当方は一切お祓いしません。霊障に当たってもかまわないと言う方のみご参加ください。何が起こっても一切自己責任で、当方はなんらの保障もいたしかねます」

 と。

 あれだけひどい目に遭わせた後だけに、紅倉の意図がどこにあるのか、文面からも非常に怪しまれるところだが、姿を現さなくなってから数週間、愛しの女幽霊に心奪われた男どもはぞろぞろとくだんの場所にその時刻目掛けて集まってくるのだった。


 さて。

 長い公園通りの所々に存在する比較的広い広場に降霊会の準備がされ、予告の時刻、黒服黒サングラスのごついシークレットサービスの男たちに守られて紅倉と芙蓉が登場した。もちろんテレビカメラもしっかり撮している。

 予告に集まってきたのは一様にどこか憑かれたような顔をした男どもばかりおよそ二百人。広場のぐるりと前後の通路をびっしり埋めている。

 彼らは紅倉を、おいおいまさか天下の紅倉美姫ともあろう者が全然別の訳の分からない幽霊を呼び出したり、姿も何もない物を「呼んだ」と言って適当なご託を並べてお茶を濁す、なんてことはないだろうなあ?、と期待するより脅しつける目で睨んでいる。ボディガードの芙蓉は廃墟の心霊スポットなんかよりよっぽどたちの悪い現場だわと思った。

 さて。

 女幽霊はたいてい柳の木の下に出現するのだが、広場には丸い形に合わせて扇形のベンチが周りに並ぶばかりで中央には何もない。大道芸の芸人や弾き語りの路上アーティストがパフォーマンスする場なのだ。

 そこに紅倉は直径一メートルの円周上に九十九本の線香を立て、今、芙蓉とアシスタントの男女に一斉に火を付けさせている。

 スーッと九十九本の白い煙の筋が上がって、さて、紅倉は集まった紳士諸君に言った。

「どうも皆さんはわたしが皆さんから美人の幽霊さんを奪い取って成仏させてしまったと思い込んでいらっしゃるようですが、それはとんでもない思い違いです。その証拠をこれからお見せしましょう。彼女は、未だ成仏することなくこの世……と言いますか、わりとこの近辺をさまよっています。これから彼女をここに呼んで、彼女のファンの皆さんへの気持ちを訊いてみたいと思います。尚、写真を撮るのはかまいませんが、それも、自己責任でお願いしますよ? では、お呼びしましょう。ナンマイダーナンマイダー」

 紅倉は手を合わせて目をつぶり、適当なお経を読んで芙蓉に渡されたハンドベルを「チーン」と鳴らした。

 すると、スーッとまっすぐ上に上っていた線香の煙が乱れ、渦巻き、もやもやと雲になると、ホログラムのようにうっすら色の付いた人の姿になった。

 観客の男たちはおおと感激し、自慢の大きな望遠レンズを装着したデジタル一眼カメラで撮影した。

 愁いを帯びた大きな目の大正美人の彼女は、眉を寄せ、ものすご〜〜く、迷惑そうな、侮蔑する目つきになり、はっきり、ハアーー……、とため息をついた。

 その幽霊とは思えないものすごく生々しい仕草に、夢中でシャッターを切っていた男どもはなんとなく気まずくなって構えていたカメラを下ろしていった。

 目をつぶり、お地蔵さんのように右手を胸の前に上げた紅倉が言った。

「彼女の思いがはっきり伝わってきます。

 彼女は思っています、

 いい加減にしてよね、この気持ち悪いストーカー男ども!、

 ああ〜、もう気持ち悪くて虫ずが走るわあ〜〜、

 と」

 ため息をついてうつむいていた彼女が、え?という迷惑そうな顔を今度は紅倉に向けた。芙蓉は、あーあ先生ったら、幽霊のせいにして自分の言いたい放題のことを言ってるな、と思った。幽霊はうんうんと芙蓉に頷いた。

 紅倉は幽霊の迷惑なんてお構いなし。

「そもそも彼女が何故幽霊となってこの世にさまよい出たのか?

 彼女は大正生まれですが十八の若さで亡くなったのは昭和になってからですね。大正は短いですからねー。

 彼女はこのように世に稀なる美少女でしたから、そりゃあもうモテたわけです。十五にして求婚者がわんさと名乗りを上げるほどでした。

 ところが生前もこの美しすぎる容貌が彼女の不幸になっていたのですね。

 今と違って結婚は家どうしがするもので、特に女性に自由恋愛なんてまだまだ許されない時代だったのですね。超美少女の彼女には格式ある大金持ちのお坊ちゃん方が家をバックに我も我もと求婚して来たわけですが……、まあぶっちゃけ、ぜーんぜん彼女の趣味に合う男がいなかったんですね。どういつもこいつもブチャイクでー……」

 美女幽霊は困った顔をして、芙蓉は言いたい放題だなあと彼女に同情した。でもま、嘘ではないだろう。むしろ本音で………。

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